アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#106


― 松本弦人

(2021.10.05公開)

頭の中のアレコレを形にしてくれる道具はいいですね。90°に食い込むノミ、狙い通りの硬さのカニ玉を焼き上げる広東鍋、実測で0.1㎜以下の線が引けるロットリング製図ペンなど、自分がイメージした通りの、時にはそれ以上の、さらにはイメージしてなかった(失敗も含む)結果をもたらしてくれる、そんな道具はとてもいいです。
僕はグラフィックデザイナーです。デザインをするとき、名刺でも、バナーでも、書籍でも、演劇フライヤーでも、映画ポスターでも、会場サインでも、ロゴマークでも、まずは線を引きます。平面上に描かれるほとんどの形は1本の線から生まれています。
線を引く道具はあまたあります。僕がよく使うのは、三菱uni、Surfaceペン、LINEX芯ホルダー、コヒノール芯ホルダー、FABER-CASTELLパーフェクトペンシル、PARKERジェルペン・ジョッター、PILOTドローイングペン、スピードボール・カリグラフィーペン、呉竹万年毛筆あたりです。
ここでは、僕が小学生のときに三菱uniが好きすぎて自らを「三菱」と名乗ってたことや、鉛筆/消しゴム/鉛筆削りを1本のペンに収めているにしては重心がむちゃむちゃ安定してるFABER-CASTELLパーフェクトペンシルのパーフェクトっぷりについてや、スピードボール・カリグラフィーペンで自動記述的に描いてるとなぜかフィボナッチ数列の形になることが多い、とかとかの、線を引く道具にまつわるエピソードではなく、頭の中のアレコレを平面上で形に落とし込む根源的な道具としての「線」について書きます。

タイトルロゴのラフスケッチ 『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』 岡田利規 2021 神奈川芸術劇場

タイトルロゴのラフスケッチ
『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』 岡田利規 2021 神奈川芸術劇場

動物が最初に引いた線は足跡でしょう。葉っぱや大地に残された移動の跡。足跡の主は大きいのかカワイイのか、速いのかノロマなのか、怯えてるのか腹ペコなのか。自分たちの正体が、この線に如実に記録されてしまうこと、つまり足跡が「運動による線」であることを、動物たちは身に染みて理解しています。
人が最初に引いた線を言い当てるのは難しいです。ただ、「分類線」が引かれたのはわりと早かったのではと思います。甘い木の実と苦い木の実とを分ける線、台所とゴミ置き場を仕切る線、居住区と墓場を隔てる線。分類線が創出する空間は、そこを使う人々にこれまでとは異なる動きを与えます。
動きを示す「運動による線」と、動きを与える「分類線」。僕は形をつくるとき、この2つの線を意識的に使い分けます。
グラフィックにおける「運動による線」とは、例えば、グリフ(文字のフォルムそのもの)がもつ動き、文章の流れ、図像に描かれた構図や動線など、紙面に置かれる要素が内在している線のことです。正面から撮られたポートレートの正中線は、立つという運動による1本の強く太い線として扱います。また、 紙面に置かれる要素を、強調したりねじ曲げたり反発したりするように加えられる延長線や補助線は、要素に内在された線から生まれたもので、これらも「運動による線」に含まれます。
グラフィックにおける「仕切り線」とは、例えば、文字の装飾とコンポジション、文章の組版(文字や行のアキ具合など)とそのフォルム、図像をフレーミングする枠線など、紙面に置かれる要素を使ってどんな構造を組み上げるかを導く線のことです。

メインビジュアルのボツ案 『造形集団 海洋堂の軌跡』 2005 水戸芸術館

メインビジュアルのボツ案
「造形集団 海洋堂の軌跡」 2005 水戸芸術館

白い紙に1本の線を引くと、紙の上には、その線自体と線が区分けた2つの空間が生まれます。引かれた線と、線によって生まれた空間は、それぞれに形と位置というエネルギーをもち、その力が2本目3本目の線を導きます。(アクリル板が置かれたレストランでの食事は、これまでとは別モノの体験となるでしょう。それに気づいたお店の人は、机の位置や照明や音楽やお皿の配置などにあれこれ手を加えたのではないでしょうか。)
線そのものは、鉛やインクやベクターで引かれた結果ですが、同時に次の線を引かせる道具でもあるのです。制作途中で消された線は、いわゆる「完全に道具にされちゃった」わけですね。

90°に食い込むノミや狙い通りの硬さのカニ玉を焼き上げる広東鍋は、いい道具である以上に、僕の生活空間を構成する1本の線のような存在です。そして、線という道具は、幼年期にはじめて手にして以来、人生を通して磨き上げてはいるものの、いまだに僕の手のひらに収まりきらないスグレモノです。


松本弦人(まつもと・げんと)

東京生まれ。DTP黎明期から、グラフィックデザイン、デジタルメディア、に精力的に取り組む。近年は「BCCKS」「一〇〇〇文庫」など、デジタルと紙の複合メディアのコンセプトデザイン/編集を手がける。TDCグランプリ、ADC賞、Multimedia Grand Prix、日本ソフトウェア大賞、The Best Interactive Awards 他、受賞多数。