アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#94

展覧会を企画し、絵を描く。芸術のよろこびを伝える
― 両角綾佳

(2020.09.13公開)

長野県の中央に位置し、山や湖など豊かな自然に囲まれている茅野市。市街地から少し離れた、静かな場所に「康耀堂美術館」はある。高山辰雄や、横山大観らの絵画を中心に、多数の美術作品を収蔵する美術館だ。
そこに学芸員として勤務するのが、両角綾佳さん。京都で日本画を学んだのち、出身地である茅野市に戻り、勤めている。展示を通して絵の魅力をひとに伝えたり、自分自身も日常のなかで絵を描いたりして、アートと向き合う日々を送っている。そんな両角さんのこれまでと、これからについて話を聞いた。

縄文アート4

———京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)では、日本画を専攻されたそうですね。まずは、両角さんご自身と「絵」の歩みについて、教えてください。

昔からずっと絵が好きでした。本格的に絵の具を持ったのは、大学からです。大学に入る前は趣味でイラストを描いていたんですけど、専攻に日本画を選んだのは、やっぱり古典的なものを知らないとちゃんと絵の世界に入り込めないかなと思って。基礎知識として必要かなと学びました。さらに日本画といったら京都かなと。油画とも迷ったんですけど、4年間やった実感として、よかったなと思います。
すごい才能があって、絵画コンクールでたくさん入賞していたら、絵を描くことを仕事にしようと思っていたかもしれないのですが……。絵に限らず、広く美術が好きなので、将来は何か関われるかたちで仕事に就きたいと思っていました。学芸員と、加えて美術の教員免許も、絶対自分のためになるなと思って取得しました。

———そこで取得した資格を活かし、卒業してすぐ康耀堂美術館の学芸員に。こちらに務めることとなるきっかけはなんだったのでしょうか。

大学4年生のとき、博物館学芸員課程の先生から「あなたの出身地の茅野市に、大学付属の美術館があるんだけど、興味はないか」と紹介していただいたんです。
康耀堂美術館は、2001年に「佐鳥電機株式会社」の前会長の佐鳥康郎が個人美術館として建てられた美術館で、2005年から京都造形芸術大学が運営を引き継いだ美術館です(*)。
先生から「こんなに地元に近い学生ははじめてだよ」と聞いて。本当にいいタイミングでした。

美術館外観1

6000坪もの森のなかに佇む 写真提供:康耀堂美術館

6000坪もの森のなかに佇む 写真提供:康耀堂美術館

6000坪もの森のなかに佇む
写真提供:康耀堂美術館

———一度離れた地元と関わりたい、という気持ちもあったのでしょうか。

京都で就職できたらそれもよかったですし、大学でできた友達もみんな関西。でも、地元に帰りたい気持ちもありましたね。もともと、依頼を受けて地元の偉人の功績を題材にした紙芝居を描いた経験があって、絵で地域に貢献できるのならこんなにありがたいことはないと思っていました。

———その紙芝居は、「八ヶ岳総合博物館」(茅野市)による企画で、江戸時代の新田開発者・坂本養川(さかもとようせん)の生涯を描いたものですね。こちらはどういった経緯で描かれたのでしょうか。

母が八ヶ岳総合博物館で働いていまして、そこから「絵が描ける娘がいる」ということで、話がきました。依頼自体は学生のときにきていて、そこから長い時間をかけて描いたので、発表したのが学芸員として勤めはじめていた2019年の夏です。報酬が発生する依頼ははじめてでしたね。
茅野市には「多留姫の滝」っていう滝がありまして、「多留姫伝説」が有名なんですね。これを基にした市のマスコットキャラクターをつくる企画があり、そのキャラクターデザインとイラストを高校生のとき担当させていただいて。そのときに市の方と縁ができました。そのあとは、茅野市の国宝「縄文のビーナス」のイラストもいくつか描く機会をいただきました。それらの絵は、図書館で「静かにしよう」などの掲示物で使われたりなど、すべてひとの縁ですね。

紙芝居1

両角さんが制作した紙芝居。親しみやすい、暖かなタッチで描かれている

両角さんが制作した紙芝居。親しみやすい、暖かなタッチで描かれている

———絵を描く仕事もする傍ら、学芸員としてはどのようにスタートされたのでしょうか。

小さな美術館なので、入った時から展覧会やワークショップのすべてを任せていただいて。大学で履修した課程でも展覧会の企画を練ることはあったんですけど、グループワークだったので、ひとりですべてをやるのははじめてのことでしたね。はじめてで、館唯一の学芸員になってしまって。わからないなりに、大学の先生にも相談しながらやらせていただきました。
一番はじめは、夏の展覧会の企画を立てました。水や氷や雪の絵画を集めて、涼を感じてもらう展覧会です。周辺は別荘の多い避暑地なので、都会の方が涼みにいらっしゃるんですね。そういう方向けに展覧会を企画しました。
なかなかいい展覧会ができたと思っています。何の情報もなしに鑑賞したあとに、「なんだか水の絵が多かったね」と言ってくださった方もいて。こういう企画なんですと説明すると、また見てくださったり、何度も来てくださったり。それが嬉しくて。
関連するワークショップには、結構地元のお子さんも来てくださって、盛況でした。ワークショップは教育普及活動の一環として行なっているので、基本的には子どもを対象にしているんです、大人の方も多いです。

———子どもや教育関係者に向けたものといえば、康耀堂美術館主導で「縄文アート」というプログラムもされていますね。

2011年からうちと、市の教育委員会と、公民館と、隣にある「尖石縄文考古館」と連携して、「アートを通じて地域の縄文文化の造詣を深めよう」いう趣旨で、毎年行なっているものなんです。学芸員が館内を見る時のコツを教えて、そのあと子どもたちが作品を鑑賞して、そこからインスパイアされたものをアートで表現するんですけど、2019年度は鑑賞のコツを伝える講師を担当しました。

「縄文アート2019」にて、講師を担当する両角さん。子どもたちの反応もよかったそう

「縄文アート2019」にて、講師を担当する両角さん。子どもたちの反応もよかったそう

———学芸員というと裏方の仕事のイメージがつよいかもしれませんが、そういったプログラムを通して美術館のさまざまな一面を見せる役割を担っているんですね。

学芸員の仕事を知らないひとからすると、美術館の隅の椅子に座っているひと、という印象の方も多いかと思うんですけど、結構「なんでも屋さん」。わたしのように、趣味も絵で、特技も絵で、大学で学んだのも絵。でも、絵では食べていけないみたいに思っている子どもたちに、こういうかたちで芸術に関わることもできると伝えていきたいと思っています。保存・修復もありますし。なんでもあるよって。

———イベントが開催できないなど非常事態の最中だと思いますが、なにか変化などありましたか?

ワークショップはなくなってしまい、絵の展覧だけ行なっています。でも、やる仕事は美術館としては変わりなくて。毎年秋は京都芸術大学の通信教育部の博物館学芸員課程を専攻している学生さんが来て、博物館実習を行います。わたしの考えた企画をもとに実習生が絵を配置するという実習を行なっています。就任した初年度だった去年は、わたしに何が教えられるんだろうと緊張してしまいました。
康耀堂美術館では、1年に3回展示がありまして。冬は休館しているのでその間に翌年の春、夏、秋の企画を考えます。本来は市内の学校が夏休み中に「縄文アート」があるので、その時期はそちらが忙しくなるのですが、今年は中止となってしまったので、美術館の蔵書整理や収蔵品の点検等、いろんなことができましたね。学芸員は自分ひとりしかいないので、普段なかなかできないことができる機会になりました。

———両角さんの絵を学んだ経験が、学芸員の仕事に活かされる場面はありますか?

展示作品を並べるとき、材質や塗り方で、配置場所にこだわることができますね。
日本画にどうしても知識は偏ってしまうんですけど、最近は日本画と洋画の境目がだんだん曖昧になっているんですね。康耀堂美術館では、より日本画らしいものと、洋画(油画)とで展示室を分けているのですが、洋画と材質や技法近しい日本画を洋画の展示室により近くに配置してみたり。そういうのは絵を描いていたからこその発想かな、と。
わたしの前任の方は歴史遺産を専攻されていた方で、作者や作品ごとの純粋な年代順に並べていたりもしたそうです。その点でも、また違う雰囲気になっているとお客さんからも声をもらいます。

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展示企画ごとに考えるイベントも、学芸員の個性が光る。写真は2019年夏の企画展「涼を求めて」に合わせて開催したワークショップ

展示企画ごとに考えるイベントも、学芸員の個性が光る。写真は2019年夏の企画展「涼を求めて」に併せて開催したワークショップ

———作品を鑑賞する空間をつくる上で、心がけていることがありましたら、教えてください。

色味が被らないように配慮しています。例えば赤いものをいくつも並べると、目がぼんやりしまって。がすべってしまうと言いますか。似た系統の作品を並べてしまうと、見ているひとがぼーっとしてしまうので、インパクトをつけるようにしています。すごく抽象的な絵の横には細密な絵を置くとか、黒の横には白とか、コントラストをはっきりつけて、ひとつひとつ見てほしいなという気持ちで配置しています。作品をピックアップしてまず並べてみて、似たような絵が多いと変えています。
お客さんは、みなさん美術館に来るだけあって美術の造詣が深い方も多くて。質問に十分に答えられないときは勉強不足も感じるんですが、やりがいあるお仕事だな思います。

———学芸員としての今後の展望を教えてください。

長野県は全国的に見ても美術館博物館の数が多く、康耀堂美術館のまわりにもたくさんの美術館が集まっています。わたしは地元出身の学芸員という特性を生かして、この美術館を「ひっそりと森のなかにたたずむ知るひとぞ知る美術館」ではなく「地域に開かれた地元の方に親しまれる美術館」に、美術館という場所をひととつなぐ学芸員になれたらいいなと思っています。

———絵を描くことに関してはどうでしょうか。

趣味として、細々とでも描いていけたらなと思っています。描きたいときに描いて、ひとにも見てもらえたらなという気持ちで描いています。やっぱり、ひとに見てもらう絵を描かなきゃなと最近は思いますね。企業に依頼されて描く商業的なイラストや、ただひとに買ってもらうだけの絵というよりは、日本画を学んできたことが活きる絵を描いていけたらなと。康耀堂美術館には、地元の現役の作家を紹介するコーナーがあるんですけど、そこに将来絵を置いていただけるようになれば嬉しいです

(*)2006年より、日本画家の千住博氏を館長に迎え、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)附属美術館に。近現代の日本画、油画、水彩画、版画など400点あまりを収蔵し、年3~4回のコレクション展を開催している。

取材・文 浪花朱音
2020.08.03 
オンライン通話にてインタビュー

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両角綾佳(もろずみ・あやか)

1997年長野県生まれ。京都造形芸術大学美術工芸学科日本画コース卒。学芸員資格、教育職員免許状を取得。また、在学中優秀学生賞に選出。
茅野市「多留姫の滝マスコットキャラクター」キャラクターデザイン作成。茅野市国宝の縄文ビーナス・仮面の女神イラスト作成。坂本養川紙芝居作画担当。八ヶ岳総合博物館マスコットキャラクター「やまね」キャラクターデザイン作成。現在京都芸術大学附属康耀堂美術館 学芸員。


浪花朱音(なにわ・あかね)

1992年鳥取県生まれ。京都造形芸術大学を卒業後、京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。2017年より約3年のポーランド生活を経て帰国。現在はカルチャー系メディアでの執筆を中心に活動中。