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#83

温泉地×芸術祭、別府の新たな魅力を発信
― 月田尚子

(2019.10.13公開)

大分県別府市で、芸術を活かした地域づくりに取り組むアートNPOBEPPU PROJECT」。毎年開催される芸術祭「in BEPPU」をはじめ、クリエイターと企業との人材マッチング、別府ならではの商品の開発・販売など、さまざまな事業を手掛けている。ここで広報やバイヤーを担当しているのが月田尚子さんだ。月田さんは2年前に東京から別府市に移り住み、「BEPPU PROJECT」で働くようになった。東京での前職は、外資系食品メーカーのマーケティング職だったという。それがなぜ別府のアートNPOで働くことになったのだろうか。現在の仕事の内容や、別府の魅力とともにうかがった。

キャプション:「アニッシュ・カプーア in BEPPU」(2018年)で別府公園にて公開された《Sky Mirror》©Anish Kapoor  Photo: Nobutada Omote  Courtesy of Mixed Bathing World Executive Committee

「アニッシュ・カプーア in BEPPU」(2018年)で別府公園にて公開された《Sky Mirror》©Anish Kapoor 
Photo: Nobutada Omote 
Courtesy of Mixed Bathing World Executive Committee

———別府で毎年行っている「in BEPPU」とは、どんな芸術祭なのでしょうか?

in BEPPU」は、国際的に活躍する一組のアーティストを別府にお招きして、地域性を活かしたアートプロジェクトを実現する、個展形式の芸術祭です。2016年から開催し、わたしが広報として関わるようになった昨年は、現代芸術の巨匠として知られるアニッシュ・カプーアさんをお呼びしました。
直径5メートルもあるステンレス製の鏡を、別府公園の空に向けて設置した《Sky Mirror》や、建築と彫刻が融合した世界初公開の新作《Void Pavilion V》、ドローイングなどを展示しました。あれほど大規模なアニッシュ・カプーアさんの個展は、日本では初めてでした。
アニッシュ・カプーアさんといえば、もともと現代芸術が好きな方ならご存知だと思います。でも芸術はよくわからないという方からも、「すごくよかった」という感想をいただきましたし、作品の前では多くの方が長い時間立ち止まっておられました。素晴らしい作品はことばで説明するより、その作品そのものから伝わるものがあると感じます。

「関口 光太郎 in BEPPU」で公開された新作《混浴へ参加するよう世界を導く自由な薬師如来》 撮影:久保貴史氏 ©️混浴温泉世界実行委員会 Photo: Takashi Kubo ©️Mixed Bathing World Executive Committee

「関口 光太郎 in BEPPU」で公開された新作《混浴へ参加するよう世界を導く自由な薬師如来》
撮影:久保貴史氏 ©️混浴温泉世界実行委員会
Photo: Takashi Kubo ©️Mixed Bathing World Executive Committee

《王様》2012年

《王様》2012年

子どもたちに自ら作品の解説をする関口光太郎氏

子どもたちに自ら作品の解説をする関口光太郎氏

———わたしもアニッシュ・カプーアさんの作品を金沢の21世紀美術館でみて、惹きつけられました。現在開催中の今年の「in BEPPU」について教えてください。

4回目となる今年の「in BEPPU」にお招きしたアーティストは、関口光太郎さんです。関口さんはガムテープと新聞紙で、立体造形物を制作されています。見上げるほど巨大で緻密な造形物は、近づいてみると小さな作品を組み合わせてつくられていることがわかります。今回は作品の一部を、大分県内に住む多くの方々にもつくっていただいて、関口さんが制作した作品と組み合わせ、ご自身にとって過去最大規模となる迫力のある作品空間が完成しました。作品のタイトルは《混浴へ参加するよう世界を導く自由な薬師如来》です。関口さんが別府を歩いてみたときに、ひとの多様性を感じたそうなんです。別府は温泉地なので日本だけでなく世界中から観光客が訪れていますし、立命館アジア太平洋大学という国際大学があるので留学生も多くいます。関口さんは海を温泉に見立てて、世界の大陸が混浴をしているようなイメージを受けたそうです。そのイメージを作品にしたいとおっしゃっていました。

いたるところから湯けむりが上がる別府の町並み

いたるところから湯けむりが上がる別府の町並み

———まさに「混浴温泉世界」ですね。

そうですね。「in BEPPU」の前身の芸術祭は「混浴温泉世界」という名前ですし、今でも実行委員会名は「混浴温泉世界実行委員会」です。関口さんの作品コンセプトと同様に、多様性に満ちた社会の実現を理念に、わたしたちは芸術祭を行っています。
世界にはいろんなひとがいますし、ものの見方も違います。国籍とか障がいのあるなしとか、性別とか、それらの違いを全部受容していけるような世の中にしたい、それをアートの力を借りながら実現したいというのがわたしたちの理念なんです。

———月田さんは、この芸術祭でどんなことを担当しているのでしょうか?

わたしは広報担当ですので、主な仕事は多くの方に足を運んでいただくために、招聘する作家さんや作品、別府の魅力などを伝えることです。例えば情報をまとめて発信できる状態にして、メディアの方々にその情報をお送りするプレスリリースを作成します。
また記者発表をする際は、会場と日程などを調整し、配布資料の作成や当日の運営も行います。メディアの方々を個別に訪問して、「こういうプログラムを開催するので、是非取り上げてほしい」とお願いをしにいくこともありますね。あとは必要に応じて県内外でPRのためのイベントを開催することもあります。

———「in BEPPU」以外には、どんなお仕事をしているのですか?

in BEPPU」を主催する「混浴温泉世界実行委員会」の事務局を務めているのが「BEPPU PROJECT」というアートNPOです。わたしはその広報活動全般を担当しているので、「in BEPPU」以外に、いくつも事業の広報を行っています。
BEPPU PROJECT」は代表である山出淳也の『自分が子どもの頃にワクワクした別府の風景をアーティスト仲間にみせたら、どんな作品を作るんだろう』という思いから始まりました。別府にインスピレーションを受けて生まれるアート作品を山出自身がみたいと強く願っていましたし、それを地域の方々や観光客にもみてほしいと考え、別府で芸術祭を開催することを目標に2005年に活動を開始したんです。2009年に初の芸術祭を開催して以来、大型集客事業である芸術祭をマーケティングの場と捉え、様々なニーズや地域課題を見出し、それらを解決するための事業を展開していきました。そうやって、徐々に事業が広がっていったという背景があります。

———具体的にはどんな事業がありますか?

例えば、「CREATIVE PLATFORM OITA」という事業では、大分県内の企業が抱える課題を、クリエイティブの力で解決するために、企業とクリエイターのマッチングを行っていますし、「Oita Made」という地域産品をブランドも立ち上げました。
また「清島アパート」というアトリエを備えた住居をアーティストに貸し出す事業も運営しています。これは戦後すぐに建てられた古いアパートで、アーティスト・イン・レジデンスといえば大げさかもしれませんが、アーティスト同士が同じアパートに住むことで刺激を受けあう、アート版トキワ荘のようなものですね。
このような事業の広報全般を担当しているので、やることはいくらでもあります(笑)。それに「in BEPPU」もそうですが、どの事業も前例がないことばかりですので、「前回と同じやりかたをすればいい」というわけにはいきません。毎回、考え方を柔軟にして臨機応変に対応する必要があります。それがやりがいの一つでもありますね。

———「BEPPU PROJECT」で働きはじめた経緯をお聞かせください。

わたしがここで働きはじめたのが2017年ですので、今年で3年目です。それまでは東京でマーケティングや広告宣伝の仕事をしていたのですが、わたしの出身が福岡なので、いつか馴染みのある九州で働きたいと思っていました。それに芸術作品を鑑賞するのも好きで、美術館などによく行っていたんです。ですから「芸術と関わる仕事が九州でできたらいいな」くらいに考えていました。
そんなとき、京都造形芸術大学に通信教育で芸術のことを学べるコースがあると知って入学しました。ここで学んだことが、転機になったと思います。芸術教養学科で芸術について体系的に学ぶことができましたし、わたしと共通の興味や問題意識をもった受講生たちと出会ったことも、とても刺激になりましたね。
東京以外に住むひとたちとも知り合って、お互いに情報交換できたことが今につながっていると思います。ほかの受講生と交流する中で、おもしろそうだなと思ったことを自分なりに調べてみることで世界が広がっていきました。
また、同校の藝術学舎(公開講座)で開催されていたコミュニティデザイナーの山崎亮先生の講座「ふるさとという最前線」に参加し、地方のコミュニティの現状や、そこでの課題を知りました。そして芸術について知ることに加え、地域づくりにも興味をもつようになりました。

月田さんがバイヤーをつとめる「SELECT BEPPU」の外観。築100年の長屋の風情が感じられる(BEPPU PROJECT提供)

月田さんがバイヤーをつとめる「SELECT BEPPU」の外観。築100年の長屋の風情が感じられる(BEPPU PROJECT提供)

卒業後は芸術と地域の分野で、自分が今までやってきたことがつながるような仕事をしたいと考えていたとき、アートプロジェクトというものを知りました。これは作品を美術館の中で展示するだけではなく、地域を巻き込んで、多くのひとがさまざまな空間で芸術に触れることができるようにする取り組みです。
当時、わたしの故郷がある九州で開催されているアートプロジェクトを運営している団体といえば、規模や知名度でいうと「BEPPU PROJECT」がいちばんだと思いました。そこで直接、話を聞きに行ったところ、ちょうど「SELECT BEPPU」のバイヤーの求人があったんです。

地元の作家が制作した商品が並ぶ「SELECT BEPPU」の店内(BEPPU PROJECT提供)

地元の作家が制作した商品が並ぶ「SELECT BEPPU」の店内(BEPPU PROJECT提供)

店舗の2階ではマイケル・リン氏が描いた襖絵が鑑賞できる(BEPPU PROJECT提供)

店舗の2階ではマイケル・リン氏が描いた襖絵が鑑賞できる(BEPPU PROJECT提供)

———はじめはお店のバイヤーとして働くようになったんですね。「SELECT BEPPU」とはどんなお店なのでしょうか?

BEPPU PROJECT」が運営しているセレクトショップで、地元のアーティストや工芸家がつくった商品を扱っています。お客様と地域や作家さんとの出会いの場がコンセプトで、別府のミュージアムショップのようなお店です。店舗は築100年の長屋を改装し、2階では現代美術家のマイケル・リンさんが描いた襖絵を鑑賞することもできます。
ここでわたしは、作家さんがつくる商品のバイヤーとして働きはじめました。商品はファッションアイテム、インテリア雑貨、芸術祭グッズなどを扱っています。
例えば別府は竹細工が名産品で、普段使いできるようデザインした竹のバッグはおすすめです。まちなかでも竹製のカゴやバッグを持っているひとをみかけますし、別府では身近なアイテムですね。

———バイヤーから広報担当になったのはなぜでしょうか?

わたしは広報担当とお話ししましたが、今でもバイヤーは続けています。「BEPPU PROJECT」が芸術祭の実行組織の中核を担っているということもあって、自然に仕事の範囲が広がったという感じです(笑)。SELECT BEPPU」ではバイヤーだけでなく、作家さんにお願いして新しい商品をつくってもらうということもやっています。刺繍が得意な作家さんが制作したデザインを、靴下などの商品に展開して、販売させていただいたこともあります。そうして生まれた素敵な商品が、「地元の作家さんが、こんな素敵な作品をつくっている」ということを知ってもらうきっかけにもなればうれしいです。

———セレクトショップ大手のBEAMSの企画にも関わっているそうですね。

BEAMS EYE on BEPPU」のことですね。これは、BEAMSさんと別府市のコラボレーション事業です。BEPPU PROJECTは商品開発事業に参画している別府市内の事業者とBEAMSのあいだで、調整役をさせていただいています。これも「SELECT BEPPU」と同じような考え方で、別府の良さを生かした商品を、多くのひとに知ってもらい、手に取ってもらおうというプロジェクトです。
竹細工をつくる歴史ある事業者さんだったり、地元の学生さんが商品開発に関わっていたり、幅広い方々が参加してくださっています。東京では新宿の「BEAMS JAPAN」で108日まで販売されますし、別府ではこの記事が掲載されるころに「SELECT BEPPU」でお披露目されて商品群がお店に並ぶ予定です。

全国1位の源泉数と総湧出量を誇る別府。入浴施設の数も多く、路地の側溝から湯気が立ち上る

全国1位の源泉数と総湧出量を誇る別府。入浴施設の数も多く、路地の側溝から湯気が立ち上る

———別府といえば温泉が有名ですが、実際に住んでみてどんな魅力を感じますか?

やっぱり別府といえば温泉ですよね。まちなかにはコンビニくらい多くの温泉があって、そのほとんどは100円で入ることができます。入浴剤より安くてびっくりしました。しかもほとんどが源泉かけ流しなので、もう他の温泉には入れなくなりますよ(笑)。別府で生まれ育ったひとはこれがふつうなのでピンとこないようですが、外から来るととても驚かされます。
そして何といっても別府はひとがいいんですね。どういうことかというと、別府は港町ですから、昔から多くのひとが外から訪れては去っていきます。そんな土地柄もあって、わたしのように別のところから移ってきた人間も、本当に自然に受け入れてくれます。かといって移住してきたなら、ここに一生いるのは当然という雰囲気もありません。移住者にとっては、みなさんのひととの距離の取り方が心地いいですし、来る者拒まず去る者追わずという感じが素敵ですね。観光でやって来ても、ひとがつくる居心地の良さを感じられると思います。

———今後の目標を教えてください。

仕事も含めて今の生活がとても充実しています。ですから将来的にどうしたいというより、今は目の前のことをひとつずつ楽しみながら取り組んでいきたいです。
そして、「関口光太郎 in BEPPU」に是非、多くの方に訪れて欲しいと思います。温泉につかって観光することに加えて、別府の地域性を活かした芸術祭を楽しんでもらいたいですね。

インタビュー・文 大迫知信
2019.09.01 オンライン通話にてインタビュー

月田

月田尚子(つきた・しょうこ)

福岡県出身。東京で広告代理店を経て、外資系食品メーカーでマーケティング職に就き、商品開発や広告宣伝、販売促進に携わる。2013年、「これまで培ってきたスキルを社会やアートの世界に還元したい」と、京都造形芸術大学通信教育部芸術教養学科に入学し、15年に卒業。18年に同大学博物館学芸員課程修了。
17年、NPO法人「BEPPU PROJECT」が運営するセレクトショップ「SELECT BEPPU」のバイヤーとして入社。現在は、上記の業務に加え、別府で毎年開催される芸術祭「in BEPPU」をはじめ、「BEPPU PROJECT」が関わる事業の広報全般を担当する。

BEPPU PROJECT
http://www.beppuproject.com/

in BEPPU
http://inbeppu.com/

SELECT BEPPU
https://selectbeppu.thebase.in/


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。大阪在住のフリーランスライターとなる。経済誌『Forbes JAPAN』や教育専門誌などで記事を執筆。自身の祖母がつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト「おばあめし」を日々更新中(https://obaameshi.com/)。京都造形芸術大学非常勤講師。祖母とともにNHK「サラメシ」に出演。京都新聞(191013日朝刊)に祖母とおにぎりのエピソードが掲載される。