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アネモメトリ -風の手帖-

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#58

問題の本質を見つけ、デザインで導く“デザインのまち医者”
― 水島直洋

(2017.09.05公開)

東京都大田区にあるデザイン・企画会社の「studio mufufu」。手がけるデザインは建築、プロダクト、内装、グラフィック、アート作品など、かたちを問わず、さらにはブランディングやコンサルティングなども行う。そう書くと一見なんでもありな器用な会社にも見える。しかしそのような会社のあり方を、代表の水島直洋さんは「デザインのまち医者」だと言う。
その言葉には、どんな思いが含まれているのだろうか? 水島さんの経験を軸に、studio mufufuが目指すデザインについてうかがった。

studio mufufuの事務所は大田区の廃校になった小学校のなかに。元音楽室だそう。

studio mufufuの事務所は大田区の廃校になった小学校のなかに。元音楽室だそう

———まず始めに、デザインに目を向けたきっかけを教えてください。

将来自分が何をしたいのかわからないまま、地方の国立大学の商学部に入学して、そのまま卒業後はNTTに就職したんです。入社後SEになりましたが、とにかく技術の移り変わりが早くて、勉強しても終わりが見えない。さらに、有名な企業のネットワークをつくっても、完成したものを眺められるわけでもなく、誰かに伝えることもできない。すごいことをしているはずなんだけど、空虚な仕事だなと思い始めたことが、転機だったかもしれません。自分は目に見えるもの、触れられるかたちのあるものをつくりたいということがわかってきて、京都造形芸術大学の建築デザインコースに入学しました。

———なかでも建築デザインを選んだのはなぜですか?

大きいものがデザインできればスケールダウンしやすいのではないか、という思いからですね。当時まだ独立したばかりの乾久美子さん、重松象平さんなど、優秀な若手建築家が非常勤講師として教えに来られていて、そういった先生方と交流することで、どんどん建築デザインの世界にのめり込んでいきました。
すると、先生方は海外留学していることに気づいて。建築デザインを突き詰めるには、卒業後もどっぷり浸かれる時間が必要だとは思っていたんですが、環境として海外を考え始めました。

———卒業後はイギリス・ロンドンのイーストロンドン大学に入学されましたね。

日本とロンドンでは、そもそも教育自体が違うところが大きくて。日本だと短い期間で設計案をいくつかこなすようなカリキュラムが多くて、ひらめきや思いつきが重要なんです。強いコンセプトで切り抜けるような。一方、ロンドンの場合は1年かけてひとつのプロジェクトを設計するんですね。するとごまかしがきかなくて、日本で身につけた瞬発力はことごとく否定されるんです。「それは本当に機能するの?」とチューターから問われ続け、答えを準備するなかでアイデアを強化する。studio mufufuは思いつきでデザインをしないのですが、その考えはロンドンでの経験があるからだと思います。

———卒業後もロンドンに残り、建築デザイン事務所で働かれていますね。

知り合いからスイスの「HERZOG & DE MEURON(ヘルツォーク&ド・ムーロン)(*1)」から独立したひとが、ロンドンで事務所を立ち上げるらしいと聞いて、会いに行きました。そのまま明日から来てほしいと言われて、ボスとふたりで事務所を立ち上げることから始めたんです。「MATHESON WHITELEY(マタソン・ホワイトリー)(*2)」という事務所で、アートギャラリーや、ファッションデザインのスタジオ、広告代理店のオフィスや住宅などを手がけました。

MATHESON WHITELEYで設計したミラーハウス。ミラーハウスは、上階部のドアや窓の形状を、1階部分の鏡写しのように反転させて増築した3階建ての建物。

MATHESON WHITELEYで設計したミラーハウス。ミラーハウスは、上階部のドアや窓の形状を、1階部分の鏡写しのように反転させて増築した3階建ての建物

MATHESON WHITELEY時代、ファッションデザイナーのピーター・ピロットとのデザインミーティングの様子。

MATHESON WHITELEY時代、ファッションデザイナーのピーター・ピロットとのデザインミーティングの様子

さらにこの事務所はMartino Gamper(マルティーノ・ガンパー)(*3)というプロダクトデザイナーともシェアしていて、毎日間近で彼の仕事を見ることができたんです。お互いの知識を分け合いながら仲間になっていきました。マルティーノは建築やプロダクトなど、分野に線を引くことにこだわっていなくて、自分ができると思えば挑戦していくんですね。そういった姿を近くで見ていたこともあり、プロダクトデザインに挑戦するきっかけをもらいました。

事務所をシェアするメンバーで集まっては、昼食をつくり、食卓を囲む生活。


事務所をシェアするメンバーで集まっては、昼食をつくり、食卓を囲む生活

———海外を経験することで感じた、日本の建築の良さはありますか?

建築の良さというより、職人の凄さですね。ロンドンでプロダクトデザイナーと話しているなかで、日本の工場はいい仕事をしてくれるひとがたくさんいるのに、英語が話せないことが多く、コミュニケーションが取りづらいという話が出てきて。
まず、日本の工場がすごいことを知っていることが衝撃でした。確かに工場に限らず大工さんや、現場にいるひとの作業クオリティってすごく高いし、労働モラルも高い。ヨーロッパの現場から見ると、考えられないレベルなんですよ。同時に、日本の工場が安かろう悪かろうの大量生産品の価格競争に巻き込まれて、質の高い職人を抱えた会社なのに倒産に追い込まれた話を耳にする機会もありました。何十年も積み重ねた技術がどんどん失われていくのは耐えられないな、と当時ロンドンにいながら感じて。そこで自分たちのデザインやPRで、アピール下手な工場を手伝うことができないだろうか、と考え始めたのが、studio mufufuの設立につながります。始めは遠隔で日本にいるメンバーに動いてもらっていましたが、距離があると当然現場を見ることができないじゃないですか。働いているひとを直接見て、肌で仕事の質を感じないと、筋が違う気がして。二重生活に疲れてしまったこともあって、2014に帰国し、会社も株式会社化しました。

———プロジェクトのなかで、印象的だったものは何でしょうか?

セラミック工場とカトラリーをつくったプロジェクトですね。その会社は、糸をつくる機械の「糸道」という部品をつくっていたんです。糸道の世界では有名で、すごくなめらかなセラミック製品をつくる高い技術を持っているんですが、他の業界にうまくアピールできていないという問題があって。もっと人間の生活に近い製品で、その技術力をアピールできるプロダクトをつくりませんか? という提案をさせていただいたんです。

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ファインセラミックでつくられたカトラリー。一見陶器とは思えないほどの複雑なかたちと美しいなめらかさは、工場が培った技術の賜物。

ファインセラミックでつくられたカトラリー。一見陶器とは思えないほどの複雑なかたちと美しいなめらかさは、工場が培った技術の賜物

かなり時間やコストもかけたし、工場としても新しすぎるチャレンジだったので問題もいろいろありましたが、セラミック業界の展示会に出展したところ、糸道以外の製品の問い合わせがくるようになったりと、新しい流れが起きました。設立当初に考えていた、工場に対してのサポートを一番最初にうまく体現できたプロジェクトで、自分としては印象深いですね。

———そういった問題を抱えているクライアントとどのようにして出会われるんでしょうか?

それは人づてが多いかもしれないですね。studio mufufuの事務所がある大田区は、中小の工場がたくさんあるまちで、工場同士がグループをつくったりしているんですね。そこにうちの寺西が頻繁に顔を出して「何をつくっているんですか?」などと話をしているんです。よく聞くと結構根深い問題を抱えていたりするので、問題を聞いて、解決策をかたちにすることを続けています。それはプロダクト製品だったり、展覧会に出るためのパンフレットだったりとさまざまです。
我々の仕事って「デザインのまち医者」のようなものなんです。例えば「ウェブサイトをつくったけど反響がない」というひとが、うちのことを聞いて駆け込んでくる。僕らは状況を見て、何がお客さんのためにベストな対処方法かを考えるんです。

————デザインのまち医者として、クライアントごとに解決策を考えようと思うと、スタッフの知識や技術が問われそうです。

そうですね。ただ、うちの場合は、デザイナーの前に前職のあるメンバーが多いんです。僕はSEやサービス開発をしていましたし、寺西は広告代理店でセールスプロモーションを、水島左苗はアパレル企業でPRとマーケティング調査会社で調査・分析、近藤は建築一筋ですが、それぞれのビジネスバックグラウンドがかけ合わされて初めてできることだと思いますね。

studio mufufuのメンバー。左から水島さん、寺西正貴さん、水島左苗さん、近藤潤さん。

studio mufufuのメンバー。左から水島さん、寺西正貴さん、水島左苗さん、近藤潤さん

———「ビジネスバックグラウンド」は、studio mufufuが目指すデザインを知る上で、重要なキーワードですね。

「ビジネスバックグラウンド」のほか、「デザイン教育によるバックグラウンド」「コンピューターを使うテクノロジー」の三つ巴でプロジェクトを動かしています。
我々はデザイナーの意思によって捻じ曲げられた方向ではなく、ユーザーの視点からものごとを考えるんです。きっかけをどうアウトプットするかは編集能力が問われますが、発想の起点はいろんなユーザーの気持ちになることでどんなひとでも発見できると思っていて。メンバーそれぞれが自分の得意分野の視点から持ち込んだ意見をみんなで議論して、クライアントの「目的適合性」を考えます。小さい意思決定ごとに「求められている目的に沿っているか」を判断して、そぎ落としていってかたちに落とし込んでいく。そしてそれらの意思決定を加速するために最後のメンバーであるコンピューターを使います
建築の設計で例えるとわかりやすいんですが、何をどこに配置するかはある程度与えられた条件によって決まってくるもので、パズル的作業ですよね。そこでコンピューターのソフトウェアにかたちや条件をうまく与えてあげると、何千通りものパターンから最適解をある程度探してくれます。人間が考えるべきことを人間で考えて、何回も繰り返す作業はコンピューターに任せる。そういった意味で、メンバーのひとりとしてコンピューターがいるというイメージです。

デザインに限らず、アート作品の制作も。「徳島LEDアートフェスティバル2016」に出展した「UZU」。アルゴリズムを組んで配置を検討した作品。

デザインに限らず、アート作品の制作も。「徳島LEDアートフェスティバル2016」に出展した「UZU」。アルゴリズムを組んで配置を検討した作品

蚊取り線香ホルダの「月と雲」。「京都デザイン賞2016」入選 。

蚊取り線香ホルダの「月と雲」。「京都デザイン賞2016」入選

和室・洋室ともに似合うようデザインされた屏風の「風花屏風」。広げていない時でも、彫刻のように楽しむことができる。透け具合の作成・検討にコンピューターの力を存分に使った作品。

和室・洋室ともに似合うようデザインされた屏風の「風花屏風」。広げていない時でも、彫刻のように楽しむことができる。透け具合の作成・検討にコンピューターの力を存分に使った作品

———水島さんがstudio mufufuで目指すことはなんでしょうか?

日本では、デザインは感覚でサラサラっとできるものだとイメージしているひとが多いんです。英語圏の「Design」は「設計」というニュアンスが強くて、デザインすることは緻密に設計するようなイメージです。だから僕たちの考える「Design」と、日本語の「デザイン」は隔たりがあるなと感じています。うちでは、クライアントの価値に寄与しながら小さな意思決定を積み重ねるプロセスで最終ゴールを目指しているので、クライアントにはまずはうちの考えを説明して、理解してもらうようにしています。
クライアントからはよく「言ったこと全然やってないと思ったけど、結果的によかった」と言われるんです。依頼されたことをやりつつ、本質的にすべきことは何かをずっと考えているので、時には言われたことと全然違うことを提案することもあるんですね。依頼したことだけをやってほしいひとからすると、それはふざけた提案かもしれないけれど、僕らを信じて乗ってくれたクライアントに対して、とにかく全力でいい結果に結び付けられるよう力を注ぎますそんな活動を通して「Design」の理解を広げていけたらと思っています。

studio mufufu
http://mufufu.jp/

(*1HERZOG&DE MEURON(ヘルツォーク&ド・ムーロンローム)……スイス・バーゼル。建築デザイン事務所。主な建築物として、テートモダン(イギリス・ロンドン)、プラダ・ブティック青山店(日本・東京)、北京国家体育場(中国・北京)など多数。
https://www.herzogdemeuron.com/index/projects/complete-works.html

(*2MATHESON WHITELEY(マタソン・ホワイトリー)……イギリス・ロンドン。建築デザイン事務所。現在はDonald MathesonJason Whiteleyを中心に、アートギャラリーやファッションデザインオフィス、住宅など多岐にわたる建築を手がける。
http://www.mathesonwhiteley.com/

(*3Martino Gamper(マルチノティーノ・ガンパー)……1971年イタリア出身、ロンドン在住。プロダクトデザイナー。美術とデザインの領域を超えた活動で、プロダクトを手がける。代表作に「100日で100脚の椅子」プロジェクト。
http://martinogamper.com/

取材・文 浪花朱音
2017.08.04  オンライン通話にてインタビュー
NAOHIRO_MIZUSHIMA

水島直洋(みずしま・なおひろ)

studio mufufu 代表。
2006 京都造形芸術大学の建築デザインコース卒業後、渡英。Unversity of East London Graduate Diploma in Architecture修了後、Matheson WhiteleyMaccreanorLavington勤務を経て、2014年帰国。2015 株式会社 studio mufufuを設立し、顧客のビジネス課題にデザインで向き合う。


浪花朱音(なにわ・あかね)

1992年鳥取県生まれ。京都造形芸術大学を卒業後、京都の編集プロダクションにて、書籍の編集・執筆に携わる。退職後はフリーランスとして仕事をする傍ら、京都岡崎 蔦屋書店にてブックコンシェルジュも担当。現在はポーランドに住居を移し、ライティングを中心に活動中。