(2023.09.10公開)
京都の細見美術館にあるアートキューブショップでは、同館が所蔵する琳派や若冲などの人気作品をモチーフにしたグッズや工芸品を揃えている。京都という土地を大事にしながら、老舗企業や職人、作家と手を組み、伝統的でありながら時代感を捉えたセレクト・製作をしているショップで働く伴亜矢子さん。厳粛に作品が並ぶ展示室とは違い、気軽に作品を手に取って、生活に取り込める場所としてミュージアムショップはある。「これからの作家を紹介する場でもありたい」と語る伴さんのお話からは、従来のイメージを超えたミュージアムショップの可能性を感じられた。
———アートキューブショップについて教えてください。また、伴さんはショップで普段どのような業務をされているのですか。
アートキューブショップは、細見美術館設立当初から、館内にあるミュージアムショップでありながら、美術館が所蔵している作品との関連を超えて、新しい和の暮らしをテーマとした独立セレクトショップとして運営しています。「実生活の関わりから生み出された美術工芸品に目を向ける」というテーマをかかげ、香、染織、和紙、金工、鋳物、陶器、漆工、竹工、硝子など日本の伝統が生み出した「和の文化」を感じさせる商品を独自の視点で揃えています。
私は通常のショップ業務に加え、商品の写真を撮ったり、Webの文章を書いたり、商品を館外で取り扱う場合の管理もしています。時々他館さんが展覧会のグッズを販売される時に、「アートキューブで販売している若冲のグッズがいいので、商品を貸してほしい」と言われたりもするんです。
———2023年6月から開催されている「琳派展23 琳派の扇絵と涼の美」に合わせて、アートキューブショップで展開されるグッズにも様々なうちわや扇子が見られますね。展示ごとにオリジナルの企画をしているのですか。
「琳派の扇絵と涼の美」は23回目の琳派展で、細見美術館が所蔵する俵屋宗達や尾形光琳、中村芳中や鈴木其一らの扇絵をまとめた夏らしい展示です。
大体、年間4回の展示サイクルになっています。展覧会ごとに常に一からオリジナル商品を企画することはしていませんが、タイミングと展示によって新規でオリジナル商品をつくることもあります。
これまでの琳派展に合わせてつくってきたうちわや風呂敷などのアーカイブの中から、本展ではこの作品が展示されているから、過去のこの商品をもう一度生産しましょうというように、展示内容に合わせて復刻していきました。ただ全く同じように復刻するのではなくて、以前のものは印刷の色が濃かったから今回はもう少し薄くしようという感じで、商品がより良くなるように調整をしながら発注していきます。
3種類の透かしうちわは、2015年に開催した琳派400年を記念した展示の時につくったものの復刻で、京うちわの老舗・阿以波(あいば)さんとコラボしたものです。美術館が所蔵する琳派作品、《金魚玉図》・《朝顔図》・《白蓮図》・の絵柄をメインに今回は置いています。
———老舗企業とのコラボレーションだけでなく、作家さんとのコラボレーションも多いですね。
そうですね。アートキューブショップの方向性と、これまで私自身が培ってきた沢山の作家さんと協業し仲介してきた経験が合致したことで、より良い店づくりができてきたのだと思います。
以前、私は百貨店内のテナントで、和雑貨小物をはじめ作家さんの商品を販売していた経験があります。ギャラリーも担当していたので多くの作家さんと縁を繋ぐ機会を得ることができました。実は作家さんが作品をつくった場合、誰かを仲介して、さらに仲介して、というようにいくつも山を超えないと販売ができないことが少なくないです。当時はそんな状況がもどかしく感じていました。アートキューブショップではそういった状況を変えたいと思い、いろんな作家さんに直接お声がけしています。
着物を染めるための型紙を沢山所有していて、その型紙をつかって和小物にアレンジしていた京染工房の浅井長楽園さんなど、当時お世話になっていた方で、今もご縁の繋がっている作家さんも多くいます。
私が作家さんを仲介するように、メーカーさんからも仲介していただくこともあります。作品を使った鞄ひとつつくる場合でも、普通だと作品をそのまま生地に貼って、そこに若冲って書いて、という単純明快なものが結構多いんですけど、うまく絵柄をトリミングしたり、カラーリングを変えてもらったり、アルファベットで若冲とか芳中とかいれてみたら可愛いのでは? みたいな自由な意見を汲み取ってくれる方々とのやりとりはいつも楽しいですね。
———これまで手掛けられたグッズの中で特に印象に残っている商品はありますか。
細見館長主導で立ち上げた、「琳派の風を現代に送る」をコンセプトにしたブランド・RIMPOO(りんぷう)の商品ですかね。俵屋宗達、伊藤若冲や神坂雪佳の作品をモチーフに、モダンで印象的な文様デザインで知られるアートディレクターの西岡ペンシルさんが手掛けられました。今まで私たちが考えたことがなかったような斬新なデザインだったんです。もともとの絵を崩すのは勇気がいると思うんですけど、元絵を水玉で表現してみたり、ずらしてみたりとか、モダンで大胆なことをしているのに元絵の印象も崩れず、ぴったりだったんです。西岡さんのシリーズはハンカチや鞄もすごい人気で。
西岡さんからはじめに提出いただいたデザインを見て、館長は「今の琳派だ」と思われたみたいですね。一番新しい琳派の流れを汲んだといわれているのは神坂雪佳になると思うんですけど、その流れを今受け継いでるデザイナーさんがいるなら、それが西岡さんだったのかな、と。
———絵を様々なプロダクトにすることは、元絵を新たに解釈し、切り取る編集行為と言えますよね。同館の学芸員の皆さんに意見をもらうこともあるのでしょうか。
美術館のセクションとしてとても重要な展示企画を学芸員が担って、プロジェクトが始動していきます。その中で、私たちショップやカフェ、茶室などそれぞれの部署が展示を盛り上げるために提案していくわけです。ある程度こちらの感性に任せてくれているというか、学芸員サイドとショップサイドがお互いの庭を尊重しあえているのはありがたいですよね。あんまり崩しすぎるときはやっぱり怒られちゃうんですけれど(笑)。
うちの学芸員さんは気軽な方が多いので、例えばショップに並べる本について質問したらこういう本があるよ、と何でも教えてくれます。それぞれの館によってやり方は違い、大きいところだと、学芸員がグッズや図録などすべてやるということもあると思います。やはり学芸員は展示や作品がどう見られるか、その展覧会の看板を背負っていますので。細見美術館ではお互いに意見交換できる事が一番いい所かと思います。
———アートキューブショップが大事にしているのは、やはり作品と日常が隣り合うこと、そういった風景を描いているのでしょうか。
そうですね、手が届かないような高いものばかり売っても、それは美術館で展示されているものを、ミュージアムショップでもまた観ていることになってしまうので。ここはあくまでお店で、買ってもらわないといけないので、手に届くものであること、生活の中でこれは使えると思ってもらえることがベストですね。
海外のミュージアムショップって、場所によっては本当に何もないところがあるので、外国の方からすごい感動されたりしますね。うちだけではなく、日本のミュージアムショップは平均的に充実してる印象です。至れり尽くせり感があります。
———近年は日本美術を扱った美術館や博物館が、日本のアニメやゲームとコラボレーションすることも多いですね。細見美術館で2020年に開催された「響きあうジャパニーズアート」でも、日本のポップカルチャーとコラボレーションした琳派や若冲の展示やグッズが話題になりました。
キャラクターのファンの方にたくさんご来場いただけましたね。こんなグッズが面白い、可愛いというのが今の時代はSNSで一気に広がるので、それをきっかけに足を運んで、実際に作品を観ていただく流れはいいと思いましたね。
ただ、グッズが一人歩きすることには注意というか、門戸を下げすぎたらまずいですけど、その辺りについてはいいバランスでできているのかもしれないですね。
細見美術館がグッズの製作に限らず、色々なことに柔軟で寛容なのは、個人の所蔵作品で運営している美術館だからというのは大きいかもしれません。そこは大きな強みかなと思います。
———伴さんは美大の学部出身で、京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)の通信教育部にも通われていました。学生の頃から日本美術が好きだったのですか。
いえ、学生時代は写真や映像を撮るしかしていなかったので、細見美術館で日本美術は学んだんです。だから先入観が何もない、真っ白なので(笑)、いつも学芸員さんの話をそのまま素直に聞いて面白いなと思ってるんですけど。日本美術を研究していた人とは全く視点が違うみたいで、職人さんからもなんでこんなことを質問するんだろうと思われているみたいですね。
通信教育部で印象深いことといえば、国立国際美術館での鈴木昭男先生とのワークショップでしょうか。1週間みっちり、それこそ24時間先生と学生が一緒にいるような感じで。
鈴木先生に「私はアーティストもやりたいんだけど、作家を支える仕事もしたい」と話をしたら、「どっちもやればいいのに」って言ってくれたんですよ。「僕は建築家でもあるけど演奏家だから」と仰っていて。この人すごい人だな、と思い印象的でした。
授業を通して鈴木先生のマネージャーさんと知り合って、お手伝いをしていたんですけど、その経験が今の仕事に役立っているとは思いますね。
———お話を伺って、等身大のもうひとつのミュージアムとして、ミュージアムショップの新しい可能性を感じました。伴さんの今後の展望を教えてください。
まだ日の目を見ていない、魅力的な工芸品に目を向け、うちのグッズとして新規でつくることができたらと思っています。漆とか、金工とか、竹製品などをアレンジして、細見美術館にはお茶室があるので、お茶の時に使えるものを提案したり。というのも、工芸品は敷居が高いものが多く、元々は生活に寄り添ったものだったのに取り扱いも難しいと思われがちで、もったいないなと思っているんです。
京都には、専門学校で絵付けを習っていたり、金工や漆工をされている方もたくさんいらっしゃいますので、そういう方に仲介をはさまず直接製作を頼むことで、現状の工芸品よりも、もう少し手が届くものがつくれるんじゃないかな、またその若い方たちをお客様に紹介することもできるのかなと思っています。美術や工芸の業界は本当に上の世代が中心なので、継承のことを考えていかないといけないですから。若い作家さんが作品をつくっても、売る場所がないから在庫だけ抱えて消えていってしまう。よくあるパターンですけど、すごくもったいないですよね。だからそういう人たちと何かできないかな、と思いますね。
私たちアートキューブショップは、美術館の中でもよりみなさんに近い距離で、手に取れるものとして作品を紹介できる場所です。ものを売る場所だからこそできることはあると思うんですよね。
取材・文 辻 諒平
2023.07.12 オンライン通話にてインタビュー
細見美術館 開館25周年記念展情報
伴 亜矢子(ばん・あやこ)
京都府京都市出身。1998年京都造形芸術大学芸術学部通信教育部芸術学コース入学。作品作りの出来る芸術コースのある高校に入学し、そのまま美大へ。その後就職の傍ら、芸術の続きを学ぶ為通信教育を選択。社会と関わりながら芸術についてできる事がないかと模索しながら、L.L.BEAN International、株式会社夢み屋と転職し、現在、公益財団法人細見美術館、アートキューブ株式会社に在職している。
ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)
アネモメトリ編集員。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。