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アネモメトリ -風の手帖-

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#117

芝浦から、世界まで。ひとりひとりが共生する「地域にひらかれた家」
― 伊東 勝

(2022.08.14公開)

東京都港区芝浦にあるガラス張りの建物「SHIBAURA HOUSE」。全5階のうち、オフィスは4階のみ。それ以外のフロアはレンタルが可能なスペースとなっている。もちろん、1人でふらりと立ち寄り、カフェで一息ついたり読書をしたりといった楽しみ方も。まさしく「人の気配が感じられる、上下階が繋がった家のような空間」が、ここにある。竣工から10年以上が経ち、アートやカルチャー、社会問題を扱うイベントやワークショップも数多く実施され、人々の交流を生み出す拠点となっている。この施設の発起人、株式会社SHIBAURA HOUSE 代表取締役・伊東勝さんの周囲を巻き込んでいくパワーを探った。

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——— まずは、SHIBAURA HOUSEが生まれた経緯を教えてください。

1952年に製版会社として創業したのが始まりです。印刷の前工程である「製版」を生業としていましたが、2000年以降にはデジタル化の加速に伴い紙媒体が減少し、会社の業績も右肩下がりになっていました。当時、僕は一社員として勤務していましたが、父親から会社を引き継ぐことを決めたとき、業態を変えて新たな展望を見出したいという思いがありました。
もうひとつのポイントが、芝浦という場所です。ここは東京湾が近いので船用の荷卸倉庫があったりオフィスビルも多く、もともとは人が住むような場所じゃなかったんです。それが2000年前後から大型マンションが建設され始め、人が移住してくるようになりました。結果的に、人は多く行き交う場所なのに繋がりや接点はない状況が生まれていて、僕はその光景に違和感を抱いていました。

——— そんな思いが、2011年の自社ビルの建て替えに反映されているんですね。

従業員たちにも、芝浦も地域を行き交う方々にも、これから会社を変えていくことをわかりやすく伝えるため、社屋自体を大きく変えることに決めました。「知らなかった人たちが、繋がっていく」。地域にひらかれた場がこの場所にできたらいいなと思い、SHIBAURA HOUSEをつくりました。

Photo:Iwan Baan

Photo:Iwan Baan

——— SHIBAURA HOUSEは世界的な建築家・妹島和世さんが設計を手掛けたことでも有名ですが、依頼した背景をお聞かせください。

まずは建築に興味を持ち始めた時のエピソードなのですが、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の大学院生のときに、建築家・伊東豊雄さんの授業を受けたんです。それがとても印象的でした。伊東さんが手掛けた「中野本町の家」に関するお話を聞いた時、人の一生や、家族の暮らしを変えてしまう建築の影響力に初めて気づいたんです。建築の面白いところって、つくられた空間の中で人が生活したり働いたりしていて、実効性を伴ったものづくりができる点にあるんですよね。
もともとはメディアアートを専攻していたのですが、気がついたら建築に強い興味をもつようになっていました。大学院では他専攻の学生とコミュニケーションをとる機会やすべての院生が一緒に受ける授業が多く、自分の視野がとても広がりました。
もうひとつ印象に残っているのが、授業の一環で岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS) のマルチメディア工房に見学へ行ったことです。第一印象は「いままでに見たことない」という驚きでした。ランドスケープと一体化しているような建築が斬新で、非常に興味が湧きました。詳しく調べてみると、伊東豊雄さんに師事した妹島和世さんが設計者であることがわかりました。その時に、「いつか自分が何かを建てるときには、この人に依頼しよう」と心に留めました。
実際に竣工されたSHIBAURA HOUSEは、透き通るようなガラス張りで内部にいる人の動きは、外から見えるようにデザインされています。敷地が狭いことを逆手にとり、横ではなく縦のワンフロアへと視点を変え、みんなが階段で繋がっていて、社員も地域の方もすぐにお互いの顔を見に行ける空間となりました。「人の気配が感じられる、上下階が繋がった家のような空間」という漠然としたリクエストを、最高の答えで実現してくれて妹島さんには大変感謝しています。

Photo:Iwan Baan

Photo:Iwan Baan

——— 「地域にひらかれた場」として、いま力を入れている取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか。

オランダ大使館との連携からはじまったプロジェクトが2つあります。
ひとつ目は、環境問題や移民問題などさまざまな社会課題とデザインをつなげるプラットフォーム「What Design Can Do」。2011年にオランダで始まった本プロジェクトとSHIBAURA HOUSEはパートナシップ契約を締結し、東京支部として2021年からこの国際コンペに日本のデザイナーを送り出しています。また、デザイナーやアーティスト、ジャーナリストや建築家などをSHIBAURA HOUSEに招待し、講演会やワークショップも開催しています。

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What Design Can Doワークショップの様子

「What Design Can Do」ワークショップ

ふたつ目は、オランダと港区をつなげるという意味を込め、Netherlandsの「nl」と掛け合わせたプロジェクト「nl/minato(エヌエル・ミナト)」。Inclusive Society (共生社会)」をテーマに、2017年からLGBTや環境問題、オランダの公共政策などを日本に紹介しています。ただ、僕らもすべてのテーマに専門性を持ち合わせているわけではないので、自分たちが学んでいく過程をプロジェクトにして、市民の皆さんも参加できる学びの場を目指し、その過程を本にまとめて刊行したりしています。
2022年は、英国の経済学者、ケイト・ラワース氏が提唱する「ドーナツエコノミー」という理論に注目します。ドーナツの二重の円がモチーフとなり、内側の円は男女平等や教育などの社会的基盤、外側の円は環境的な限界を表わしています。地球環境が許容できる範囲の中で、人間のウェルビーイングや平等性を追求する理論です。
この考え方をアムステルダム市はまちづくりに採択したのですが、日本での実践をSHIBAURA HOUSEが取り組み始めたところです。まずは港区の方々に地域政策の達成状況についてヒアリングを行い、社会的基盤と環境負荷の観点から「シティポートレート」をまとめているところです。当初は港区だけでの活動を想定していたのですが、神戸市と九州のうきは市を拠点とするグループからも賛同をいただき、3都市同時にプロジェクトが動き始めました。

「nl/minato(エヌエル・ミナト)」

「nl/minato(エヌエル・ミナト)」

——— 大使館とのつながりはどのように築かれてきたのでしょうか。

SHIBAURA HOUSEを建設していた頃、オランダの「LLOYD HOTEL」を訪れる機会がありました。もともと移民のためのホテルとして建設されたこの施設は、ユダヤ人収容所や刑務所、少年院へと次々に転用され、現在では再びホテルとして営業しています。カジュアルな雰囲気のレストランやカフェ、デザイングッズなどを販売するショップに加え、アーティストが住宅件アトリエとしても利用していることもあり、さまざまな文化イベントも行われています。このユニークな施設に宿泊した時に、ぐっと心に刺さるものがありました。
帰国後、オランダ大使館の方と知り合うご縁をいただけたんです。オランダ大使館は港区に所在するのですが、オランダという国を紹介したい彼らとこれから港区に場所をつくろうとしている僕らの思いが合致し、協業していくことになりました。
それから11年。オランダの文化事業や公共政策、国や市が推進している考え方、イチオシの人など、オランダの魅力を芝浦から日本に紹介するプロジェクトを継続しています。

6_オランダ関係

——— 10年以上も協業関係にあるんですね。これからはどのような展開を画策しているのでしょうか。

僕らの強みは社会に対する考え方を、実践を交えながら紹介していける部分だと思っています。SHIBAURA HOUSEという場所を介して、クリエイティブな実践にさまざまな人を巻き込み、アクションしていく。文字情報だけではない届け方を大切にしています。
これまでは民間企業が取り組める範囲でボトムアップ的に活動してきましたが、最近はトップダウンとのつながりを意識して港区役所との連携を強めています
僕らだけでできることを超えて、区役所の皆さんと協業することで新しいチャレンジも可能になります。僕らの活動を地域全体に広げていくためには、欠かせない連携です。
港区役所、アムステルダム市役所、そして僕らの三者間でオンラインミーティングも何度か行っています。両者は行政機関同士ですが、文化や取り組み方の違いに良い意味でショックを受けてくれたことが印象に残っています。小さなことですが、このような機会が皆さんの視野を広げたり、柔軟な考え方を醸成するきっかけになってくれたら嬉しいですね。

芝浦港南エリアの水辺について考え、未来へつながるアクションを起こすプロジェクト「水辺のまち-サーキュラーLAB」。港区役所との協働運営

芝浦港南エリアの水辺について考え、未来へつながるアクションを起こすプロジェクト「水辺のまち-サーキュラーLAB」。港区役所との協働運営

6_ファーマーズマーケット

ファーマーズマーケットやお正月には餅つきも行われる

ファーマーズマーケットが開催されたり、新年には餅つき大会も

——— 伊東さん自身がつながりをアレンジして、新たな出会いを創出させているんですね。昔から、人とコミュニケーションすることは好きだったんですか。

実は違うんです(笑)。オープンマインドで人に対して開いていったり、みんなで何か考えて動いていくのは、不得意なことでした。でも、オランダで新たな価値観に触れ、SHIBAURA HOUSEを建て、ここでさまざまな方々と交流していくうちに少しずつマインドチェンジしていったんです。
10年以上この場所で活動をして会社として何がいちばん変わったのかと聞かれたら、代表の僕自身がいちばん変わりましたね。自分の考え方、生き方。何かそういうのが大きく変わった気がします。

——— 時間をかけて、多くの方と向き合ってきた経験から辿り着いた結論ですね。

SHIBAURA HOUSEを竣工してからの11年間を振り返っても、結局のところコミュニケーションで重要なことって「1対1」の関係づくりだなと思いました。行政や民間企業、外国の組織、芝浦に集う皆さんなど、本当にいろいろな方と接しますが、それぞれに合わせた向き合い方があるわけではなく、いつも「1対1」を大切にしています。人対人の関係性の積み重ねが全てのベースなので、たとえ1対10でも100でも、そこは変わらない。点と点が、どうやってつながっていけるのかが大切だと思っています。
その上で、僕らはこの場所ならではのコミュニティづくりに取り組んでいます。ひとりひとりと向き合い、さまざまな価値観が共生できる場所として、これからもSHIBAURA HOUSEを育てていきたいです。

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取材・文 鈴木 廉
2022.06.21 SHIBAURA HOUSEにてインタビュー

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伊東 勝(いとう・まさる)

1974年、千葉県生まれ。京都造形芸術大学大学院修了。現在、東京・港区にあるSHIBAURA HOUSEの代表取締役を務める。2011年、父親から引き継いだ製版会社の社屋を建て替え、SHIBAURA HOUSEとしてリニューアル。建築家の妹島和世さんによってデザインされた社屋の一部を開放し、地域に暮らす人達のコミュニティスペースとして運営している。近年は社会課題とクリエイティブを結びつけたプロジェクトにも力を入れている。


鈴木 廉(すずき・れん)
美術大学でアートマネージメントを専攻し、学芸員資格を取得。2021年よりフリーランスのコミュニティマネージャーとして活動中。