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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#112

古き祈りをデザインに込めて
― 酒井真理

(2022.03.13公開)

古くからアジアとの交易で栄えた福岡を拠点に、イラストレーター兼デザイナーの活動をされている酒井真理さん。福岡の桂川町にある国の特別史跡 王塚古墳のポスターや、縁結びの神様として名高い出雲の神話に由来した「出雲 縁結びリボンだるま」をプロデュースするなど、地域の歴史文化に関わる仕事を手掛けている。古来より人々が絵や物に“祈り”を込める風習を大事にされ、自身のデザインにも取り入れている酒井さん。コロナ禍での“祈り”の象徴でもあるアマビエから着想を得た「アマビエだるま」とはどんなものなのだろうか?

2「12色の神様だるま」

———だるまと言えば、群馬や東京など関東のイメージが先立つのですが、出雲でだるま制作に携わるようになった経緯を聞かせてください。

“お土産以上お守り未満”をコンセプトにした「出雲 縁結びリボンだるま」に携わって今年で8年目を迎えることになったのですが、そもそものきっかけは、島根で唯一のだるま職人である堀江努さんを、知人が紹介してくれたことからでした。堀江さんはだるまのパッケージをデザインしてくれる人を探していたようで、まずは一回顔合わせしましょうとなり、彼は友人の出張に便乗して、私が住む福岡に来てくれたんですね。でも、福岡と島根って地図で見る以上に遠くて、車で片道6時間掛かるぐらい離れているんですよ。私よりも大阪や東京で活動するデザイナーの方がいいんじゃないかと彼にも話したんですけど、彼は菅原道真の生誕の地とされる松江市に住んでいて「太宰府天満宮がある福岡に縁を感じたから酒井さんに会いに来ました」って言うんです(笑)。堀江さん、少し変わった人なんですよ(笑)。でも実は、私が通っていた高校は太宰府天満宮のそばにある学校だったんですよ。実家の家紋も道真と関わりの深い梅紋ですし、私もちょっとしたご縁を感じたのと、だるまに対する彼の熱意もすごくて。ただ、パッケージデザインの依頼理由が「だるまが売れないから」だったので、「堀江さん、パッケージを変えたからってだるまが売れるわけじゃないよ」という話から始まり、彼のだるまにブランディングの視点から関わるようになりました。

1縁結びリボンだるま

———魅力的なだるま職人をサポートしたいというのが第一にあったんですね。堀江さんとはどのような役割分担でだるまを制作しているのでしょうか?

最初の頃は、既存の商品のリブランディングを行っていましたね。堀江さんがすでに「縁結びだるま」という色風水に因んだ彩り豊かなだるまを展開していたので、それぞれの色に例えば赤は猿田毘古神(サルタヒコ)、紫は天宇受賣命(アメノウズメ)など、日本の神話に登場する神様を当てはめて、より出雲らしさが際立つようにコンセプトを刷新しました。私自身も、説得力のある商品開発ができるようにと風水アドバイザーや国際薬膳食育師などの資格を取ったりしました。さらにコンセプトを可視化するために、だるまのデザインにも携わって、私が平面でだるまのデザイン、色指定を行い、堀江さんがその図面を基にひとつひとつ手作りで形にして、着色していくというような流れでやっています。職人さんって本当にすごくてですね、数百個のだるまを手作りするのに、どのだるまも仕上がりのクオリティが変わらないんで、それは「私にはできないなぁ」と毎回惚れ惚れします。

———お二人が手掛けただるまの中には、従来のイメージとは違った耳がついた黒猫のだるまもありますね。

方角と季節を司る四神獣を可愛いキャラクターに見立て、現代風にアレンジした「季節の開運アニマルだるま」を堀江さんに提案して実現しました。彼が学んだ高崎だるまをベースに、転がってもその度に起き上がるというだるま本来の思想は大切にしながら、少しだけフォルムやデザインに変化を加えてみたんです。歴代の職人によって洗練されてきただるまのスタイルを、職人の修行をしていない私が手を加えることに、やはり躊躇いや畏れはあったのですが、伝統に敬意を払いながら時代に合っただるまを模索していくことが、伝統を受け継ぎ後世に繋いでいく上で大切なことかなと、堀江さんと話をしています。

3-1-作業スケッチ風景

季節の開運アニマルだるま

「季節の開運アニマルだるま」

また、2018年4月に島根県立美術館で「エヴァンゲリオン展」が開催された際に、エヴァ色のだるまを特別に作らせてもらい、展覧会の来場者1万人を祈念した初号機カラーのだるまに、エヴァンゲリオンの版権管理を行う株式会社グラウンドワークス代表の神村靖宏さんに目入れをしていただきました。堀江さんがエヴァのファンだったのであの時はすごく喜んでいましたね(笑)。だるま=選挙のようなイメージもあったりするので、従来のイメージを少しずつ変えていって、日常生活の中でだるまが飾られるシーンを広げていけたらなと思っています。

展覧会のために特別出品された「エヴァだるま」

展覧会のために特別出品された「エヴァだるま」

———酒井さんはだるまの他にも、王塚古墳のポスターをいくつも手掛けられています。

国の特別史跡にもなっているんですけど、福岡県の桂川町に王塚古墳という装飾古墳があって、そこで春と秋年2回開催される石室の特別公開イベントのポスターを作らせてもらっています。この装飾古墳はなんといっても他に類を見ない色あざやかな壁画が描かれているのが特徴で、併設の資料館にはその彩色を再現した石室のレプリカがあって、石室の中に入って壁画を見ることができるんです。ずっとその中にいたら目眩がしそうなくらい不思議な空間です(笑)。前室の奥にある玄室は、壁のほぼ全面に特徴的な文様が施されているんですよ。

令和2年度春の特別公開を告知するポスター。コロナ禍に入り石室の特別公開は中止が続いている

令和2年度春の特別公開を告知するポスター。コロナ禍に入り石室の特別公開は中止が続いている

各文様にはそれぞれ意味があるそうで、特に玄室の突き当たりと左右の壁面に描かれている三角形の文様は「三角文」と言われ魔除けの願いが込められているそうです。また石室の全壁画は青(緑)、赤、黄、白、黒の5色で描かれていて、多色を使った壁画は大変めずらしく、この古墳が作られた6世紀前葉という時代と合わせてみて、風水の基本となる中国の陰陽五行思想に基づいているのではないかと考えています。

———日本にこんな色彩豊かな石室の古墳があったんですね! 

奈良にある「高松塚古墳や「キトラ古墳」だけでなく、ぜひ一度足を運んでもらいたい場所なんですよ! 正直、私もお仕事で関わるまでは王塚古墳の存在を知らなくて、実際に拝見して衝撃を受けた一人なんですけど、当時の人々がどんな考えで図柄のデザインや配置を行なっていたのか、デザイナーとしてとても感慨深い場所です。
王塚古墳は、もともと桂川町のコミュニケーションロゴを作成させていただいたのがご縁の始まりでした。王塚古墳の壁画に騎馬像が描かれていて馬具の出土品も多いことから、ロゴも馬の埴輪の形をモチーフにデザインし、壁画と同じように5色を用いて仕上げました。

酒井さんがデザインした桂川町のコミュニケーションロゴ

酒井さんがデザインした桂川町のコミュニケーションロゴ

ちょっと個人的なことになるのですが、王塚古墳が造られた時代に、古墳造営や葬送儀礼に深く関わったとされる豪族の土師氏は、菅原道真の家系のルーツになるんですね。堀江さんの話じゃないですけど(笑)、桂川町とも不思議なご縁があるなぁなんて勝手に感じています。

———特別公開の度に毎回違ったアプローチで王塚古墳をポスター内で表現されていますね

王塚古墳の世界観を多くの方と共有できるポスターになればと、そこは毎回意識して作っています。星空をテーマにした令和元年春のポスターは、古墳時代の人々が夜空に抱いていた思いを想像しながら制作を進めていきました。実は石室の天井にも現代人が見ている星空のような黄色の珠紋が描かれています。古墳時代の人々が抱いていた思いとか、祈りなどを現代の色や形に置き換えて、発信することが私の使命なんだと自負して、その都度デザインを考案してきました。コロナ禍で、ここ2年間は王塚古墳の特別公開の中止が続いていますが、再開された際はぜひ多くの方にお越しいただきたいです。

令和元年(2019年)春の特別公開ポスター

令和元年(2019年)春の特別公開ポスター

平成30年(2018年)秋の特別公開ポスター

平成30年(2018年)秋の特別公開ポスター

平成29年(2017年)春の特別公開ポスター

平成29年(2017年)春の特別公開ポスター

———このコロナ禍に堀江さんと一緒に手掛けた「アマビエだるま」に全国から多くの反響があったそうですね。

2年前(2020年)、新型コロナウイルスで多くの方が困難な状況に追い込まれはじめた頃、だるまとアマビエを掛け合わせた「アマビエだるま」をデザインして、堀江さんにだるまにしてもらったんです。だるまにアマビエの姿を写して、せめて何かの力になればと願って世に送り出しました。お陰様で全国から多くの問い合わせをいただき、あるお客さんからは「不安な日々が続く中でアマビエだるまを見て癒された」というお言葉をいただいたりもして、あらためて作ってよかったなと感じています。七転び八起きのだるまとアマビエという相性もよかったのかもしれません。昨年、国立民族学博物館より問い合わせがあり、「アマビエ」が現れた現象研究テーマとして「アマビエだるま」が民俗学の資料として同館が出版する『季刊民族学』(178号)に掲載されました。日本人の祈りの形として残っていくのだろうと感慨深い想いになりました。

「アマビエだるま」

「アマビエだるま」

このアマビエだるまの特徴は、髪の毛に当たる背の部分に桃色を配色しているところです。鬼退治をする桃太郎、『古事記』に登場するイザナギノミコトが桃の実を投げて身を守ったという話など、古くから日本では桃色は魔除けの色とされてきたので、一日でも早くいつもの暮らしに戻れるようにと祈りを込めて桃色に塗りました。

———デジタル化が進んだ現代でも、祈りの対象は人々にとって必要な存在なんだと思います。最後に酒井さんの今後の展望をお聞かせください。

古くから日本で伝承されてきた風習や価値観を取り入れ、デザインの力で現代に合った見やすい形に落とし込んでいく試みをこれからも続けていきたいです。昨年から、お菓子作りを学ぶ専門学校の生徒にデザインを教える授業を受け持つようになりました。店頭のPOPを制作する授業にはなるんですけど、今まで自分が培ってきたデザインの知見や経験を活かして、ビジュアルコミュニケーションの大切さを私なりに伝えていけたらなと思います。

取材・文 清水直樹
2022.01.15 オンライン通話にてインタビュー

12_プロフ

酒井真理(さかい・まり)

大阪市出身。
福岡在住フリーランスのイラストレーター・デザイナー。
伝統工芸に憧れを持ち「だるま」のデザインに携わる。
大学で学んだデザインのアップデートをしたく
2014年 京都造形芸術大学通信教育部芸術教養学科入学。

[活動]
・出雲 縁結びリボンだるまプロデュース
・資格:風水アドバイザー/国際薬膳食育師

・日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)会員
・J-COLLABO art member
・専門学校非常勤講師

[その他アート活動]
・2012 年10 月 福岡 イムズ「BOOK at ME. Book Cover Exhibition 2012」展
・2013 年5月 ニューヨーク Ashok Jain Galleryでグループ展
・2013 年5月 東京南青山 ギャラリーストークス 凱旋展
・2013 年7 月 福岡 アートスペース獏にて個展
・2013 年11 月 ニューヨーク チェルシーアートフェアにてグループ展
・2013 年11 月 東京南青山 ギャラリーストークス 凱旋展
・2014 年8月 福岡 SOMEWARE「だるまさんが結んだ」 デザイナーによるチャリティー展
・2019 年 ニューヨーク ブルックリン J-COLLABO「J-COLLABO Annual Group Exhibition 2019」展出品

出雲 縁結びリボンだるま
https://ribbondaruma.ocnk.net/


清水直樹(しみず・なおき)

美術大学の写真コースを卒業し、求人広告の制作進行や大学事務に従事。現在はフリーランスライターとしてウェブ記事や脚本などを執筆。