(2021.11.14公開)
「マ~ヌルヌルヌルヌルヌルヌルヌル~」。動物動画らしからぬテクノサウンドで、世界最古の猫と称されるマヌルネコを紹介した「マヌルネコのうた」が話題となっている。手掛けたのは京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)を卒業したクリエイティブディレクターの富永省吾さんだ。世界的な広告賞であるカンヌライオンズを日本人最年少で受賞した実績の持ち主である富永さんに、これからの広告やコンテンツのあり方について考えを伺った。
———「マヌルネコのうた」の企画は富永さんの方から持ち込まれたそうですね。
去年(2020年)に最初の緊急事態宣言が出て、自宅でYouTubeをひたすら見まくる日々が続いたんです。そんな生活の中で、那須どうぶつ王国で飼育されているマヌルネコのポリーの動画が好きでよく見ていたんですよ。マヌルネコってまるでピクサー映画から出てきたような少し変わった風貌で、とても魅力的な動物なんですけど、世間ではあまり認知されていない。この魅力的な動物をしっかりプロデュースしてコンテンツにできたら、めっちゃ面白い動画になるだろうなって。多くの人にマヌルネコを知ってもらえる機会になるし、コロナ禍の閉じた生活が続く中で、人々のちょっとした救いにもなるかもしれないなと感じて、那須どうぶつ王国にラブレターを渡すような気持ちで企画を提案させてもらいました。どうぶつ園の広報の責任者である総支配人とも意気投合して、ぜひやりましょうということでご理解いただいて、企画を進めていきましたね。
※「マヌルネコのうた」は2021 61st ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS フィルム部門にてACCシルバーを受賞。
http://www.acc-awards.com/festival/2021fes_result/filmb.html
———動画の方向性は、最初からあのような尖った感じだったのですか?(笑)
ほぼ企画当時のままですね。動画のサムネイルにもなっているマヌルネコの吹き出しも、企画の際に提案したものとほぼ変わっていません(笑)。普通だったら動物園らしくないと敬遠されてしまうような型を逸脱した演出プランだったのですが、総支配人が快くOKしてくださって。それはとてもありがたかったですね。ただ、企画のやり取りを重ねていくうちに、マヌルネコが乱獲や温暖化によって準絶滅危惧種に指定されていることや、コロナの影響で休業を余儀なくされ、園そのものが大打撃を受けている現状も知り、単なる面白いコンテンツに留めるだけじゃなくて、マヌルネコの保全や那須どうぶつ王国の認知の裾野も広げられるようなコンテンツを目指していきました。それでもかなり尖ったコンテンツだったので、事前の予測では視聴者の20~30%は批判的な反応があるだろうと、総支配人にも企画提案時に予め共有してはいたんですけど、いざ公開してみると99%が肯定的な反応だったので、そこは嬉しい誤算でした。
———動物を相手にして撮影を行うのは苦労も多かったのではないでしょうか。
那須どうぶつ王国では、マヌルネコは間接飼育という飼育方法をとっていて、飼育員でさえマヌルネコに直接触れることはないんですよ。なので僕たちも、お客さんが普段見る側からガラス越しで撮影を行いました。撮影用の照明も使用せず、施設の蛍光灯もスローモーション撮影ではフリッカー現象で光が点滅してしまうので、自然光のみで撮らなければならず、しかもガラス越しなので反射の映り込みにも気を使わないといけない。更に撮影は、主に雪が積もるような冬の季節に行ったので、今思えばめっちゃ恐ろしい撮影環境の中で、ひたすら粘ってマヌルネコを撮りましたね。
マヌルネコは例外として、那須どうぶつ王国は動物と人、動物同士にも妨げる柵や壁がほんとに少ないんですよ。レッサーパンダも触れそうな距離にいるし、ハシビロコウとワオキツネザルが同じ空間にいたりもしている。それが残念なことに、園のウェブサイトでは動物との近さがあまり感じられなくて。これはもったいないと思って、動物との距離感が伝わるような園のブランドムービーも作らせてもらいました。一部を除いて映像のほとんどが、お客さん達が実際に見て回れる場所から撮影をしています。
———作風もさまざまな富永さんですが、どなたか影響を受けたクリエイターはいらっしゃいますか。
自分の作品にはあまり表れていないのですが、実はお笑いとかギャグ漫画とかが自分の源流にあるんです。松本人志さんであるとか、漫画だとうすた京介さんの作品などを学生時代はひたすら読んでましたね。同じく学生時代でいえば、アニメ監督の新海誠さんの『秒速5センチメートル』に衝撃を受けて、聖地になっている参宮橋駅周辺に仕事場を構えているぐらいなんですけど、新海監督はアニメの世界で色んな型を崩した人だと思うんですよ。それまでアニメーションってデフォルメの技法だという先入観があったんですが、「秒速」では風景は現実で見るよりも美しく描かれていて、更にそこには複雑な人間の感情や、現実的なストーリーが表現されている。昔から型が崩されているものや瞬間に、心がすごく動くんですよね。お笑いもそうですけど。他にも石黒正数さん、水野敬也さん、イチローさんにも感動します。
———広告やコンテンツで型を崩すとは、どういった表現になるのでしょうか?
従来のCMなどの広告は、フリがあって、何か物事が起きて、最後はオチがあってコピーでした。でも、YouTubeで動画を出すなら、コメントで皆が突っ込んでくれて、それがオチになったりするんですね。フリだけでいい時代になっている。みんなが突っ込んでくれたら、コンテンツとして成長していくんですね。
今の時代、企業が広告などを一方的に発信する“アクション”だけじゃなく、受け手にどう呼応するかという“リアクション”も、ものすごく大事だと思います。それが企業の人格を決めていく。企業がどういう風に社会を見ているのか、企業との対話の中から人格を見出して、人々はその企業のファンになるんですよね。「マヌルネコのうた」も企画当初から一発で終わらせる想定はしていなくて、視聴者からの反応をどのように“リアクション”して、対話を組み上げていこうかを考えています。Seihoさんに作っていただいた「マヌルネコのうた」リミックスバージョンを使用して、新たな動画を近々公開する予定なんですが、一般の視聴者がアップした「マヌルネコのうた」を踊ってみたの動画素材を使わせもらおうと思っているんです。二次利用の動画を本家に取り込むという、そんな対話的なコンテンツを今作ろうとしているところですね。
※那須どうぶつ王国ではコロナ禍での保全活動の推進や健全な飼育管理を目的としたクラウドファンディングが実施され、目標金額の3000万円を大きく上回る4200万円以上の支援を集めた(2021.10.31をもって終了)。支援の返礼品として贈られるマヌルネコTシャツ、コーチジャケットは富永さんがディレクションを行った。
https://readyfor.jp/projects/nasu-oukoku2021/announcements/187488
———東京国立博物館のビジュアル群について伺います。こちらは美術品の切り取り方が斬新ですよね。
ありがとうございます。現状の客層だけでなくもっと若い世代に東博に興味を持ってもらえるようなものを目指して、ビジュアルを作り上げていきました。コロナ禍の休館している期間だったいうこともあり、貴重な文化財を収蔵庫から出してもらったりもして自由に撮らせてもらいました。当日もわざと予備知識を入れずに撮影を行ったんです。その状態でいかに感動できるかを探りながら、「この仏像めっちゃかっこいいじゃん!」というふうに、その場で作品の魅力を感じ取りながら撮影を行っていきました。でも、そういったやり方のほうが、普段博物館に関心のない若者にその魅力を伝えるという観点では、正しい撮り方なのかなって。職員の方々にもその意外性に喜んでいただき、SNSでも良い反響がありました。先入観のない作品の捉え方や切り取り方みたいなのが、作品の新たな魅力の提示に繋がったんじゃないかなと思ってます。
※Shogo Tominaga Works –TOKYO NATIONAL MUSEUM
https://shogotominaga.com/#/tokyo-national-museum/
———クライアントの課題と向き合い、社会の先を見通しながら、目の前にある物の魅力を捉える。そんな複眼的な視点でコンテンツを作り上げていく富永さんですが、今後手掛けてみたいものはありますか?
やっぱりお笑いのコンテンツを作りたいという願望があります。お笑いって究極のコミュニケーションじゃないですか。人との間合いの取り方とか、ロジックの積み重ねで面白みを出していくところとか。笑いは人のリアルな感情の一つだと思うので、笑いの感情の揺れを起こさせるコンテンツ、というかただただ笑えるものを作りたいですね(笑)。
あとは、僕自身も卒業制作のときから心掛けていたことですが、広告やコンテンツの型を崩していくことをとことんやっていきたいです。 その為にはコンテンツの基本であるフリとオチ、もちろん意外性も必要だし、尖ってなくてはいけないし、人が興味を持つものではないといけないし。なるべく毒にも薬にもならないものは作りたくないですね。これからもあらゆる型を崩していきたいです。
取材・文 清水直樹
2021.10.10 富永さんの仕事場+オンライン通話にてインタビュー
※2021.11.15に公開された、
富永さんが監督、編集を手掛けた。
富永省吾(とみなが・しょうご)
クリエイティブディレクター・映像作家
在学時に複数企業と共作した異例の卒業制作が話題となり、浅田彰氏、後藤繁雄氏ら著名評論家から突出した高い評価を得る。映像を軸にプロダクトデザインから空間演出まで、表現媒体を越え話題作を手掛ける。 デジタル系エージェンシーのクリエイティブ局長を経て独立。ブランディング/プロモーション/コンテンツを総合的な視点で捉えた「チャンネルのデザイン」を得意とする。ブレーン「いま一緒に仕事をしたいU35クリエイター」選出。カンヌライオンズ主催 YOUNG LIONS COMPETITION映像部門2020日本代表。
https://twitter.com/shogo_tominaga
https://shogotominaga.com/
清水直樹(しみず・なおき)
美術大学の写真コースを卒業し、求人広告の制作進行や大学事務に従事。
現在はフリーランスライターとしてウェブ記事や脚本などを執筆。