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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#125

つがい龍 トラフより出づ
― 静岡県静岡市

三保の松に羽衣をかけた天女はラッキーでした。漁師の白龍(はくりょう)は、天の舞と引き換えに羽衣を返す正直者でしたが、各地には半強制的に拾い主の妻になり、子を残したり、隙を見て逃げ出した天女もいたそうです。
かたや人魚は、泡と消えても構わないほど人への恋に没入するもの、人を食し人に食されるあやかしのような類もいたようです。
静岡県、富士山を一望できる景勝地・三俣の松原は羽衣伝説の舞台として知られています。各地に類話がある羽衣伝説ですが、この地を舞台としたものが本曲といわれています。
天女舞い上がり龍下りる富士の山を背に、人魚に間違われたリュウグウノツカイが棲む駿河湾。
残念ながら天女も人魚も龍もみたことはありませんが、リュウグウノツカイは三保の博物館でみることができます。最初にあの雌雄の剥製をみたときは、後に泳ぐ動画をみたときよりも強い衝撃を受けました。深海というまさに底知れぬ場所には、なにがあっても不思議ではないとしみじみ思いました。そんな深海にも人間の捨てたゴミが増えたそうで、人魚界も分別に忙しいのかこのところすっかり陸へは現れなくなりました。
雌雄のリュウグウノツカイのことを考えていると、菅公さながら雷とセットでやってくるという龍は、物語においてつがいで現れることは稀だがなぜ単身なのだろう、天界だから性別も無いのか、では天女は……などと新しい謎も生まれてきます。
存在が証明されていない生きものの多くは、西方から徐々に姿を変えて渡来したという説や、実際に生息していた生きものと当時の生活事情とがあいまって伝わったという説など、由来は様々です。個人的には、人間は物質的に不自由だった頃のほうが、現在未開とされている脳の領域がもっと働いていて、いまよりもあれこれ知覚できたのではないか、とこれまた妄想が止まりません。
日本一深い穏やかな駿河湾。突如トラフからつがいの龍(性別不詳)があらわれ、富士山頂の空を突き抜けて宇宙まで駆け上がり、星々の間を悠々と泳ぐ。その道行には、天女、仙人、人魚、鬼ちゃん、かっぱ、ドードー、オーロックスなどなどが続き、賑賑しく打ち続く天の海にぞ。と……みな去ってしまったのでしょうか。そんなイメージが目の前に広がります。
なにやらそちらのほうが楽しげではありますが、地球がこれからも彼らの棲みたくなる星でありますように。松の下で手を合わせます。

(住田祥子)

白龍(はくりょう):羽衣伝説の主人公
菅公:菅原道真公
ドードー、オーロックス:いずれも絶滅した実在の動物

参考資料

SHIZUOKA CITY PROMOTION 三俣松原の羽衣伝説
https://www.shizuoka-citypromotion.jp/mihonomatsubara/learn/hagoromo.html

東海大学海洋科学博物館 海のはくぶつかん
http://www.umi.muse-tokai.jp/
リュウグウノツカイ・ラブカ
http://www.umi.muse-tokai.jp/exhibit/ryuguu-rabuka/index.html

ふじのくに 静岡県公式ホームページ 駿河湾(日本一深い湾)
http://www.pref.shizuoka.jp/j-no1/m_surugawan.html

国際海洋環境情報センター 図解 深海とは
http://www.godac.jp/deepsea.html

千葉公慈(2016)『知れば恐ろしい日本人の風習』河出書房新社
吉岡郁夫(1998)『人魚の動物民俗誌』新書館

富士山が隠れている駿河湾(三保の先端より)

富士山が隠れている駿河湾(三保の先端より)

御穂神社境内

御穂神社境内

御穂神社境内から羽衣の松まで続く参道

御穂神社境内から羽衣の松まで続く参道

恐らく人間用の看板(参道内)

恐らく人間用の看板(参道内)

夕暮れの富士山と駿河湾

夕暮れの富士山と駿河湾