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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#120

伝統はひとりの少女から始まった
― ポーランド ザリピエ

ポーランドにあるザリピエという村をご存知でしょうか。公共交通機関もほとんどない小さな村ですが、多い時には1日に400人もの人が足を運ぶそうです。観光を生業にしているわけでもない片田舎のこの村に、なぜ人々は惹かれるのでしょうか。
畑の間にポツンポツンと建つ家を見ると、どれもカラフルな花々が描かれていることに気付きます。見学可能な家を覗くと、その中にはもっとたくさんの花が描かれています。まるで絵本の世界に入り込んだような気分にさせてくれるこの花のペイントは、実はひとりの少女によって始まりました。
この村の伝統的な住居には煙突がなかったため、冬のあいだ暖を取るために火を起こすと煤や灰によって家の中が真っ黒になってしまっていました。少しでも家の中を明るくしようと、黒くなった壁に白い点を描いていた家もあったそうです。そんな家に住んでいた少女フェリツィカは20世紀初頭のある日、思いつきで壁の白い点と点を繋いで草木や花の模様に変身させました。一度手をつけ始めると彼女の創造力は勢いを増し、今度は白ではなく色をつけて花を描くことにしました。華やかな雰囲気になった家を見た隣人が「これはとても良い! うちもやってみよう!」と真似をし、それがどんどんと村中に広がったのが今に繋がっています。
ただ、若者が少なくなってきた今、特に雨風の浸食を受けやすい外壁の絵のメンテナンスは大変です。この伝統が途切れないよう、年に一度、村内でコンテストを開いたり、村の文化センターでワークショップを開き、若い世代にフラワーペイントを残していく活動を行い、技術の保存に力を入れています。そこまでして伝統を残すのはなぜか。それは「ここにしかないから」だそうです。村の人々は伝統を繋ぐことが自分たちのアイデンティティーを残すこととイコールであることを知っているのです。
たったひとりの少女が今までの常識(白い点)を少しの工夫で新しいもの(草花)へと変換した創造力と行動力、そしてそれを受け入れ根付かせた周囲の人々の受容力は、多様化する社会を生きる今の私たちに必要とされるチカラなのではないかなと思います。人々はそのチカラを感じるためにこの村を訪れるのかもしれません。

(佐谷由希子)

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フェリツィカが住んでいた家

フェリツィカが住んでいた家

消防署にも花のペイントが

消防署にも花のペイントが