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アネモメトリ -風の手帖-

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#78

富山の薬と紙風船
― 富山県富山市

子どもの頃、祖父母の家に行くといつもあったのは、裏の白いチラシと紙風船でした。裏の白いチラシは絵を描くのが好きな孫のために祖母が取っておいてくれたもので、紙風船は何かのおまけ。この「何か」が、富山を代表するものだと知ったのは、ずいぶん後になってからのことでした。
富山の○○さん。○○に当てはまる言葉は何でしょう。富山には「反魂丹(はんごんたん)伝説」というお話があります。富山藩2代目藩主・前田正甫が参勤交代で江戸城に登城した際、急病になった大名に反魂丹を与えて救ったことからその効能に評判を得、諸大名から薬の販売を懇願された、というお話です。これが、富山売薬の起源と言われています。○○さんの正解は「売薬(ばいやく)」さん。
富山売薬は、「先用後利(せんようこうり)」の販売システムにその特徴があります。先用後利とは、先に品物を客に預け、後で使用した分だけ代金を回収するという仕組みです。富山売薬は、このシステムを早くに築き上げ、江戸時代中期以降、全国に販路を広げていきました。売薬さんは、柳行李を背中に担いで春秋の年2回、各地を行商します。紙風船は薬のおまけでした。現在は紙風船しか見かけなくなりましたが、以前のおまけには、売薬版画(富山版の浮世絵)や九谷焼の湯呑み、若狭塗の箸、団扇、風呂敷など、色々なものがありました。
売薬さんの行商期以外の仕事は製薬で、薬種問屋から薬種を仕入れ、様々な道具を用いて薬を作りました。包装用の薬袋を作るのも売薬さんの仕事です。富山市内には売薬の道具や資料を見ることのできる薬屋さんや資料館があります。
富山の代表的な産業のひとつである製薬業を築き上げた売薬さん。また、製薬に関わった薬種商たちは、資本家としての力があり、薬品会社はもちろん、電力会社や金融機関、教育機関の設立にも投資し、富山県の経済発展に大きく貢献しました。紙風船は、子どもの頃には楽しいおまけ、今では、こうした売薬の歴史を学び、伝えるものになったのでした。

(加藤明子)

紙風船とレトロな薬包装

紙風船とレトロな薬包装

薬種商「金岡邸」。現在は売薬に関する資料館になっています。小僧さんの横には柳行李、背後には薬棚がびっしり並んでいます

薬種商「金岡邸」。現在は売薬に関する資料館になっています。小僧さんの横には柳行李、背後には薬棚がびっしり並んでいます

手動式製丸機。60年前まで丸薬を製造するのに使われていました。左下は私が体験製造したものです。全然丸くできませんでした

手動式製丸機。60年前まで丸薬を製造するのに使われていました。左下は私が体験製造したものです。全然丸くできませんでした