長野県の南部、飯田市伊豆木に、旧小笠原書院・小笠原資料館があります。江戸時代の旗本である小笠原氏の住まいの中で、唯一現存する書院部分などを保存公開している建物です。江戸初期に建てられたもので、建物南側は、京都の清水寺のようなイメージで崖の上に出ている懸造り(かけづくり・がけづくり)で、屋根は総こけら葺き、国の重要文化財にも指定されています。この書院と対をなすように、妹島和世さんと西沢立衛さんによる建築家ユニット・SANAA設計の小笠原資料館が建っています。1999年完成のこの資料館では、上記の小笠原家に関わる資料や文献、図面、伊豆木地区の民具などが展示されています。
この書院と資料館の2つの建物はいい感じに離れて建っていて、間にぽこっと空間ができています。この距離によって江戸時代の木造建築とガラスの現代建築、そして周辺の環境が違和感なく同居しています。この空間は、文化庁の指導で「新しい建物は書院から20メートル離さなければならない」という制約からきているとのことです。
職員の方に施設を案内していただきお話を聞く中で、この書院・資料館を訪ねてくる人のうち、半数くらいがSANAA設計の資料館の雰囲気や様式に肯定的で、半数くらいが否定的だそうです。肯定派は建築やアート関係者、否定派は歴史や郷土関係者の傾向があるとのことです。そうだろうなー、とこれにとても納得してしまいました。
古くから残っている優れた建築は、それが建った当時はもちろん最先端(その時でいう「現代」)であったことを意識すると、否定派の方の認識も変わってくるのではないでしょうか。この江戸期の書院の隣に、色も雰囲気も似ている、木造で自然素材の資料館を建ててしまったら、どちらも引き立たず意味が薄れてしまいます。この書院そのものが、当時で言うところのSANAA的なバリバリの現代建築だったはずです。「こんな崖に突き出して建てて、殿様は変わってるわー。何考えてるんだか」と近所の農民から言われていた様子が目に浮かぶようです。
(山貝征典)