山口県岩国市の川西駅から同市の錦町駅を結ぶ、錦川清流線というローカル線があります。錦川に沿って山間部を走るため、春夏秋冬見どころの多いフォトジェニックな路線です。
国鉄民営化前は、川西駅以東の岩国駅と島根県の日原駅を結ぶ予定だったことから岩日(がんにち)線と呼ばれていました。川西駅と錦町駅の間は1963年に開業。しかし錦町駅以北の岩日北線は利用者が見込めないということで、1980年、島根県の六日市までの路盤はほぼ完成していたにもかかわらず工事が中断され、幻の路線となりました。岩日線は、国鉄民営化により第三セクターの会社に引き継がれ、1987年に錦川清流線として開業しました。
さて、レールが敷設されることのなかった幻の岩日北線は、今どうなっているのでしょう。
錦町駅から雙津峡(そうづきょう)温泉までは「岩日北線記念公園」、六日市トンネルの出口(トンネルは封鎖)から六日市駅の設置予定地だった現在の「道の駅むいかいち温泉」までは遊歩道、そこから路盤が完成していた国道187号線との交差点付近までは「澄川喜一記念公園彫刻の道」として、鉄道とは違う形で地域活性化に貢献しています。
今回はこのうちの「岩日北線記念公園」をご紹介します。
この公園内には、「とことこトレイン」というトロッコ遊覧車が走っています。片道約6㎞でレールもありませんが、車両を走らせることができて路盤も喜んでいるでしょう。ところでこの遊覧車に見覚えのある方はおられませんか。実は愛知万博の会場内を走っていた車体を譲り受けたものです。
さて、錦町駅からこの遊覧車に乗ると、いくつかあるトンネルのうち、まずは全長1,796mの長いトンネルに入ります。トンネル内は夏でも涼しく、エアコンがあるのかと思うくらいです。快適なだけでなく、ここは素敵なギャラリーでもあります。壁面を飾る絵は地元の子どもや山口県内の大学生などが、暗闇で光る石を使って描いたものです。路面にも光る石がはめ込まれているので、まるで銀河鉄道から、宇宙に描かれた絵を眺めているような気分になります。
次のトンネルでは、小さなコウモリが遊覧車に驚いて出口に向かって逃げていくのを見ることができます。夜行性で昼間は寝ているコウモリを起こすのは申し訳ないような気もしますが、見逃せない光景です。
桜の季節には、沿線に植えられた桜のトンネルを通り抜ける楽しみもあります。
こんなところに行くのは大変そうだと思われるかもしれませんが、案外そうでもありません。新幹線の新岩国駅から5分くらい歩けば錦川清流線の清流新岩国駅に着きます。そこから列車に乗り1時間弱で「とことこトレイン」の乗り場がある錦町駅に到着です。
(おまけ情報)
・錦川清流線は川西駅と錦町駅をつなぐ路線ですが、すべての列車が岩国駅に乗り入れています。岩国駅での発着場所は、他駅ではめったにお目にかかれない0番ホームです。
・錦川清流線では、「獺祭」など地元のお酒が飲める「利き酒列車」や、定期列車でも車でも行くことができない「清流みはらし駅」に降り立てる「清流みはらし列車」などイベント列車も充実しています。
・沿線には砂金採りもできる、鉱山跡を利用したテーマパーク「地底王国美川ムーバレー」などの観光スポットもあります。
・錦町駅の2階には、ホームからも入れる「ぱどるピッツェリア」というピザとサンドイッチのお店があります。チキンケバブのサンドイッチ、絶品です。
・岩日線は1953年に着工されましたが、計画が構想されたのは明治末期です。後に岩国町長になる永田新之允が中心になってこの計画を進めましたが、長年の永田の奮闘にもかかわらず、2度の大戦などの影響で延び延びになっていました。永田の最終的な計画は、岩日線を途中から分岐させ、萩に至る鉄道を敷設し、萩の港から大陸につなぐというものだったようです。山間部を走るのどかなローカル線にそんな壮大な野心が秘められていたとは。
参考
梅原淳『ワクワク!! ローカル鉄道路線 中国・四国・九州・沖縄編』ゆまに書房、2019年。
やまもとのりこ・浅井千春編『中国地方ローカル線の旅ガイドブック』ザメディアジョンプレス、2016年。
森口誠之『鉄道未成線を歩く〈国鉄編〉』JTB、2002年。
山口県編『山口県史 史料編 現代2 県民の証言 聞き取り編』山口県、2000年。
宮脇俊三編著『鉄道廃線跡を歩くⅣ』JTB、1997年。
永田新之允『自叙傳』岳淵会、1962年。
永田新之允述『岩萩鉄道思い出話』岩萩鉄道期成同盟會、1954年。
永田新之允述『岩日鉄道思い出話』岩日鉄道期成同盟會、1950年。
「鉄道の旅 清流みはらし列車 秘境駅に月1回の観光列車 旧国鉄の気動車で」『日本経済新聞』2024年10月5日。
錦川鉄道株式会社、http://nishikigawa.com/(2024年11月4日閲覧)。
(長和由美子)