夜明げには まだ間あるのに 下のはし ちゃんがちゃがうまこ見さ出はたひと
ほんのぴゃこ 夜明げががった雲のいろ ちゃんがちゃがうまこ 橋渡て来る
大正6年、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)3年生であった宮澤賢治が、下宿近くの橋から見た蒼前参りの馬コを詠った短歌です。
毎年6月の第2土曜日に開催される「チャグチャグ馬コ」は、国の無形民俗文化財に指定されている盛岡市、滝沢市の馬のお祭りです。豪華に着飾った馬たちが、滝沢市の蒼前神社から盛岡八幡宮までのおよそ15キロを4時間半かけてパレードします。今年は85頭が参加しました。伝統的な絣の着物の「姉っこ姿」の女性や、唇に紅を差した愛らしい稚児たちが、馬の上から沿道の見物客に手を振ります。市の広報で一般から募集した乗り手、引き手も参加します。
岩手県は、遠く奈良時代から馬の名産地として知られており、馬は主に軍馬や騎馬に使われる重要な献上品でした。18世紀終わり頃から地元では馬を使った農耕が始まり、いつからか日頃の重労働で疲れている馬を、端午の節句の日だけは休ませて蒼前様にお参りをする習慣が生まれました。当初は今のような華やかな衣裳は付けずに、各農家が夜明け前から蒼前神社に向かって早駆けで馬を走らせ、お参りしたのち銘々帰路につくという行事でした。宮澤賢治が詠ったのはこの様子です。
チャグチャグ馬コは、昭和5年から現在のようなパレードの形になりました。徐々に農耕は機械に代わり、馬の数は激減し存続が危ぶまれた時期もありました。その中で結成された保存会は、馬の確保や祭りの存続、広報などに尽力し、さまざまな活動を行っています。また、東北でだた一軒残っている馬具屋「塩釜馬具店」の存在も大きな力となっています。豪華なものでは一頭数百万円かかる馬の衣裳のほとんどは、農家の方たちがひとつひとつ手作りします。このお祭りは、岩手の人々の馬への愛で支えられているのです。
(福島雪江)