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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#233

土地と建築のマリアージュ
― 広島県大竹市

大竹市は広島県の西の端、瀬戸内工業地域の一角をなす地で、工場の街というイメージがあります。その大竹市に2023年3月、大型複合施設SIMOSEが誕生しました。下瀬美術館をメインに宿泊施設、レストランも併設した、東京ドーム1個分の広さの施設です。
SIMOSEの建築を手がけたのはプリツカー賞の受賞者で、京都芸術大学の教授でもある坂茂氏です。

エントランス

美術館に入ると、枝を広げた木のような柱と梁が迎えてくれます。この空間の心地よさは、樹木に抱かれているように感じる柱と梁のありよう、そしてその先に見える穏やかな海景によるものでしょう。

可動展示室

エントランス棟の先に可動展示室があります。大きな水盤に8つのカラフルなキューブが配置されていますが、このひとつひとつが展示室になっています。これらは水位を上げると浮き、展示内容に合わせて配置を変えられる画期的なものです。坂氏は瀬戸内海の島を見て、この展示室を発想したと語っています(註1)。展示室の先に広がる瀬戸内海には、宮島をはじめとしていくつもの島が点在しており、8つの展示室もそれらに連なる島のようです。

ガレの庭

可動展示室の横には、「エミール・ガレの庭」があります。この庭にはガレの作品のモチーフとなった草花がたくさん植えられています。ガレもこのようなところを歩いて作品のヒントを得たのかも……などと想像がふくらみます。
美術館の方によると、この施設は当初、広島市内に建てられる予定だったそうです。しかし最終的に、この地が選ばれました。ここでなければ可動展示室という発想は生れなかったわけですし、これほどの規模の庭もつくられることはなかったでしょう。宿泊施設とフレンチレストランも、広い土地を確保できたことで建設が決まったようです。
土地の景観が建築家の感性を刺激し、個性的で、しかも場にしっくり馴染んだ建築群が誕生しました。一方、私のように、建築によってこの地の穏やかで美しい自然の存在に気づいた人も多いでしょう。土地と建築の相互作用により生まれた空間は、大竹市のイメージに大きな変化をもたらすに違いありません。土地と建築のなんと素敵なマリアージュでしょう。

夜になると可動展示室に照明がともされるそうです。コンビナートの光と呼応して、昼間とはまた一味違う幻想的な雰囲気をかもし出すことでしょう。
原研哉氏が手がけたサインやミュージアムグッズなども必見です。

SIMOSE
https://artsimose.jp/

(註1)
「大竹市に誕生 下瀬美術館」広島テレビニュース 2023年2月28日放送

(長和由美子)