今、わたしが滞在しているアイルランドという国は、これまでヴァイキングや英国といった強大な力を持つ者たちに支配されてきた歴史を持ちます。外部者によって造られた街は、正直に言って他の欧州の国々に比べると、残念ながらそれほど感動的ではありません。
そういった、分かりやすい形での「その国らしさ」はあまりないのですが、神話や音楽のように人々の手で紡がれてきた文化は残っています。そのひとつがゲーリックスポーツです。ゲーリックスポーツとは、ゲーリックフットボールや神話発祥のハーリングといったアイルランド特有のスポーツのことで、今もアイルランドでプレイされています。
ゲーリックスポーツの維持に貢献している機能の一つが教育です。学校では、体育の種目のひとつとしてゲーリックスポーツが設定されていて、子供たちが学びの中で自国の文化に触れ、体験する仕組みが出来ているのです。
そして、コミュニティもこの文化継承に貢献しています。国内には、どんな小さな町にも必ずチームがひとつあり、子供たちは生まれた土地のチームに所属する仕組みになっています。彼らはプレイやチームメイトとのコミュニケーションを通して、社会を学んでいきます。私はこの話を聞いて、地元である南大阪のだんじり祭が各町内会によって支えられ、若手が祭を通して社会勉強をしていくことに似ていると感じました。コミュニティが若手を育て、その若手が文化を受け継いでいくのです。
進学や就職でチームを離れる人が多いものの、もちろんプレイを続ける選手もいます。首都ダブリンにはゲーリックスポーツのために作られたクローク・パークスタジアムがあり、年に一度、全国一を決める試合が行われます。優勝したチームは地元のヒーローになれる、とても重要な大会です。しかし、プレイヤーは全てアマチュアです。お金ではなく、誇りや愛が彼らをプレイへと駆り立て続けているのです。
クローク・パークスタジアムの一画には古い壁が残されています。アイルランド独立戦争中の1920年、独立を阻止しようとしていたイギリスの治安部隊が突然、試合を観戦していた民衆に向け発砲した「血の日曜日事件」当時のスタジアムの壁です。英国からの独立に向けてアイルランドが立ち上がったイースター蜂起から今年で100年。次の100年、アイルランドがどのように自国の文化を紡いでいくのか、楽しみです。
(佐谷由希子)