小樽駅から歩いて15分程、坂を上ったところに、「森ヒロコ・スタシス記念小樽バザールヴィタ美術館」という小さな美術館があります。小樽出身の銅版画家で、2017年に亡くなられた森ヒロコさんの作品、そして森ヒロコさん夫妻と親交のあったスタシス・エイドリゲヴィチウスやアルビン・ブルノフスキー、ヨゼフ・ヴィルコンといった日本ではあまり馴染みのない東欧の作家たちの作品を所蔵展示しています。
作品の展示は、昭和6年に建てられたという趣のある石蔵で行われています。石蔵の1階では、スタシスの作品と森ヒロコさんの銅版画、またヴィルコンの立体作品が展示されていました。スタシスは1949年、リトアニアに生まれ、ポーランドを拠点に絵画や彫刻、蔵書票、ポスターなど多岐にわたり活躍しています。素朴ながらも何かを切に問いかけるような、つぶらな目の描写がとりわけ印象的です。一方、森ヒロコさんの銅版画は、緻密な線描による硬質でスタティックな画面が特徴的です。憂いを帯びた人物の表情からは、ときにきわめて繊細な残酷さを感じさせます。
続く2階の展示室では、企画展「くらしの博物ごよみ原画展」が開催されており、かつて北海道新聞生活面に連載された森ヒロコさんによる挿絵の原画が公開されていました。こちらは1階の展示とは一転して、明るい色彩に溢れ、日常の一コマを切り取った生き生きとしたユーモラスな表現が際立ち、気分が和みます。鑑賞後は、柔らかに陽が射しこむ中庭に面したカフェ&ライブラリーで、美味しいコーヒーを片手に作品の余韻に浸るのも良いでしょう。またライブラリーでは、ずらりと並んだ美術書の数々を自由に閲覧することができます。
20年近く前でしょうか。一度、森ヒロコさんにお会いする機会がありました。とても快活なお人柄で、うら若かった筆者に、「たくさん旅をするといいわよ」と明るくお話ししてくださったことを覚えています。余談はさておき、どこか文学的でノスタルジックな雰囲気が漂う小樽の風景に、東欧の土着文化に根付いた作品世界が不思議とこだまするような稀有な美術館です。小樽にお越しになった際には、少し足を延ばして訪れてみてはいかがでしょうか。
参考
森ヒロコ・スタシス記念小樽バザールヴィタ美術館
https://bazaarvitashop.jimdofree.com/
※企画展「くらしの博物ごよみ原画展」は2023年7月1日までの開催です。
森ヒロコ『森ヒロコ作品集』柏艪舎、2018年。
なかがわもとこ『アウスラさんのみつあみ道』スタシス・エイドリゲーヴィチュス絵、石風社、2015年
アルビン・ブルノフスキー文画、内田莉莎子訳『金のりんご』福音館書店、1982年
(加藤 綾)