札幌から南東に車で約1時間。広大な田園と小高い丘を有する長沼町に、トンコリ工房inonnoがあります。工房を営むトンコリ職人の二宮規一さんにお話を伺いました。
トンコリとは樺太アイヌに伝わる弦楽器で、木材をくりぬいた構造をしており、5本の弦が張られています。ギターのように弦を指で押さえることはなく、開放弦の5つの音のみを両手ではじくようにして奏でます。二宮さんはもともと家具職人でしたが、ある時ふと聴いたトンコリの音色に衝撃を受け、以来20年間トンコリ制作を続けておられます。
工房名のinonno(イノンノ)はアイヌ語で「祈り」を意味します。たしかにトンコリは元来、「祈り」という性格が強いのかもしれません。アイヌの人々の間では、歌の伴奏や子守唄、はたまた厄払いなど、トンコリは生活の様々な場面に寄り添ってきました。そこにはきっとたくさんの祈念があったことでしょう。ペンタトニック(五音音階)の素朴ながらも奥深い音色が魅力のトンコリは、音量も控えめなため、奏者自身の内側に音を響かせてそっと内省を促してゆく、そんなイメージが浮かぶ楽器です。
トンコリの細長い形状は人体(特に女性)を模しており、胴体には「魂(サンペ)」として伝統的に石やガラス玉を入れますが、二宮さんの場合は「優しく転がるから」との理由でクルミの実をひとつ入れるそうです。いずれにしても、トンコリが命あるものとして大切に扱われていることがうかがえます。二宮さんの工房では、ほぼ全てオーダーメイドで制作し、ひとつ仕上げるのに1ヵ月程度時間を要します。全国各地、時には海外からも発注があるそうです。そしてまた二宮さんが制作するトンコリで特筆すべきは、表面に彫られた精緻な文様です。伝統的なアイヌ文様をベースにオリジナリティを加えつつ図案化するとのこと。二宮さんご自身、文様をデザインして彫り込む時にとてもやりがいを感じるとおっしゃいます。
トンコリ制作のかたわら演奏者としても各地で活躍し、日々トンコリと真摯に向き合う二宮さん。「良いトンコリ、良い音色というのは終わりがない。感性に合わせて常に変化するトンコリをどんどん追求していきたい」と意欲的に語ります。
参考
トンコリ工房inonno
https://inonno.net/
富田友子(2014)『トンコリの世界』北海道大学アイヌ・先住民研究センター
(加藤綾)