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アネモメトリ -風の手帖-

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#197

書架を散歩する。江北図書館
― 滋賀県長浜市

北国街道の宿場町として栄え、今も昔ながらの商店や造り酒屋など古い町並みが残る湖北の町、滋賀県長浜市木之本町。JR木ノ本駅の駅前に滋賀県で最も古い私立図書館、江北(こほく)図書館(公益財団法人江北図書館)はあります。

江北図書館外観

江北図書館外観

2階のアーチ窓や木製の扉など、佇まいにも歴史を感じるその建物は1937年(昭和12年)に建てられたものですが、図書館自体は1907年(明治40年)に設立されました。創設者は木之本町に隣接する余呉村(現・長浜市余呉町)出身の弁護士、杉野文彌(すぎの・ぶんや)氏。まだ、本がとても高価だった時代、東京の図書館で勉学に励み弁護士になった杉野氏が、郷里の若者に勉学の場を与えたいと、私財を投じて1902年に開設した「杉野文庫」が前身で、その後、彼の志に共鳴する地元の人々の協力によって開館が実現した図書館です(1)。
現在、全国で20館ほどしかない私立図書館のほとんどが、大企業や宗教団体によるもの。個人の志により設立され、100年以上にわたって地域に守られてきた公共図書館は他に例がないといいます(2)。長い歴史のなかで幾度も存続の危機にさらされ、それでも地元の人々の支えによって続いてきた江北図書館は、建物の老朽化、利用者の減少、財政難など、切実な課題を抱える今も、豊かな読書文化を地域住民とともに育んできたこの館を守り継いでいきたいと携わる地元有志によって運営されています。

現在では使われなくなったカード検索。古い什器も残されている

現在では使われなくなったカード検索。古い什器も残されている

1階の児童書が多く並ぶ部屋の企画展示のコーナー。1953年より出版された少年少女文学全集。巻ごとにデザインが異なる装丁が美しい

1階の児童書が多く並ぶ部屋の企画展示のコーナー。1953年より出版された少年少女文学全集。巻ごとにデザインが異なる装丁が美しい

2階

2階

日々の来館者は主に「ご近所のおじいちゃんやおばあちゃん」。受付カウンターの前に置かれた椅子に腰かけ、司書職員さんとおしゃべりするおばあちゃんの姿があるのも、いつもの光景です。そんなのどかな雰囲気もさることながら、江北図書館は蔵書にも他の図書館にはない魅力があります。一般的に図書館では、蔵書整理の際に新しい本と古い本の入れ替えがありますが、この館では115年間、蔵書を処分することがほとんどありませんでした。そのため、他では見ることのできない様々な分野の古い書籍がたくさん残っているのです。美しい装丁の児童文学全集、農業の実用書、料理の本など、その時代や背景を垣間見ることができる書物の数々は資料としても貴重です。「書架を散歩するように本との出会いを楽しんでほしい」という館長の久保寺容子さんの言葉にその魅力の深さを感じます。
同町内の古書店「あいたくて書房」の店主でもある久保寺さん。木之本町を、人と本がつながる「本のまち」にしたいと、JR木ノ本駅の待合室や旧滋賀銀行の建物を改装した、きのもと交遊館に小さな文庫を設置したり、誰でも“1日限りの古書店主”として参加できる古本市を開催するなど、「木之本虫(きのもとむし)プロジェクト」というチームでユニークな活動もされています(3)。読書のきっかけとなる場づくり。それらの活動は杉野氏の江北図書館創立の理念にも通じるもので、この館の存在がいっそう尊く感じられます。
もしも木之本町を訪れる機会があれば、ぜひ江北図書館にも足を運んでみてください。そしてゆっくりと書架の散歩を楽しんでください。

館長の久保寺容子さんが営む古書店「あいたくて書房」

館長の久保寺容子さんが営む古書店「あいたくて書房」

JR木ノ本駅の待合室に設置された「待ち合い文庫」

JR木ノ本駅の待合室に設置された「待ち合い文庫」

参考
公益財団法人江北図書館
http://kohokutoshokan.com

(1)
江北図書館について
http://kohokutoshokan.com/about/

(2)
江北図書館 100年余りにわたり、地域が守り続けた私立図書館
http://kohokutoshokan.com/suntory/

(3)
あいたくて書房
http://aitakute-shobou.com

(酒井千穂)