2)今様の菓子のある風景
ZEN CAFE
ZENビルはZENBIの向かいにある。2012年に「現代の生活に合う和菓子」のカフェをつくろうと、古い建物を改装した2階建ての施設だ。
この界隈は祇園町南側の西外れにあたる。昼間はしんと静かな、町家の立ち並ぶエリアである。「祇園」といっても、どこもかしこも観光客で賑わっているわけではない。一本路地に入れば、人々の生活が息づいている。
この界隈の景色をあらためて眺めてみる。ベンガラ格子の町家もあれば、昭和に建て替えられたとおぼしき住宅もある。古くからの住人がいて、小料理屋などもある。小路を挟んで佇むZENBIとZENビルは、そのまち並みによくなじんでいる。あたかも、ずっとそこにあったかのように。その景色は、善也さんが心がけてきたことにもつながる。
———急にまち並みを変えると、住んでいる方にも商売されている方にも迷惑かかるんで、なるべく変えないようにして。美術館つくるときもそうです。祇園の外れにあたる場所ですが、ちょっとずつでもきれいになれば、と。
「ZEN CAFE」は、善也さんが店主になって初めて手がけた空間でもある。ビル全体のリノベーションをすすめつつ、どんなカフェにするのかを探り続けたという。
———最初は古い建物を生かしてリノベーションした店にするか、とも考えていたんです。床は残そうとか柱残そうとか、さんざん話した後、残すことはせず、建物としていいものをつくろう、となりました。遊びがあったほうが面白いですしね。
試行錯誤の末に生まれたZEN CAFEには、独特のバランスがある。入ってすぐは大きなカウンターのある落ち着いた空間。通りに面したスペースにはラウンドテーブルを配し、ゆったりと。また、ほどよい広さの1人がけスペースも2席ほど。その時々で過ごしたいように過ごせる、さまざまな心地よさが用意されている。
そのテイストを善也さんは「洗練された茶の間」という。堂々とした一枚板のカウンターは、黒田辰秋も好んでつかった欅。そこに、現代の若手職人が制作したかろやかな椅子を取り合せる。壁にはピカソがあるかと思えば、現代作家のオブジェや絵画がディスプレイしてある。和と洋が入り混じりつつ、古いものと現代のものが交差する景色でもある。
メニューもまた、絶妙な構成となっている。すべてここでしか食べられない、持ち帰りのできないものばかり。くずきりとはまた違う、ふわっとした食感の特製くずもちには濃いめに淹れたカフェオレをあわせて。糸のように細やかなきんとんは、すっきりしたコーヒーと。いずれも現代の陶芸家や木工家がつくった器を中心に供される。和洋の枠をかろやかに越え、昔ながらの味をアレンジして、今様の菓子のある時間と空間でもてなしてくれる。
——和菓子が現代の人になじみの薄いものになりつつあるなかで、少しでも新しい展開が見えたらいいのかな、と。だから「カフェ」で、コーヒーと和菓子を合わせてみたり、器とお菓子を考えたりとか。自分の家のようにくつろいでもらって、暮らしのなかの景色を提案できたらいいなと思ったんです。
カフェをやることで、永松さんや井村さんたちのおかげでいろんな人と知り合えて、交友関係やネットワークは広がって、それは鍵善にとってすごくいいことです。
場をひらき、調度品や器などもあわせて、トータルでその時の暮らしを彩る菓子を考え、豊かな景色をつくってゆく。そのなかで、菓子やものを介して、ものづくりの作家や客とのつながりが生まれる。これまでの鍵善がやってきたのも、そういうことだったのではないだろうか。その意味でも、ZEN CAFEはとても鍵善らしい試みなのだと思う。
ビル全体に目を向けると、ZEN CAFEの空気になじむように、入居する各店の個性が響き合っている。店は全部で4軒。店主たちとのつながりとタイミングで、オープンの2012年から2018年にかけて、ゆっくりと入居が進んだ。いずれも、衣食住のものづくりを手がける店だが、食べものから器、花器、小物類とヴァリエーションがある。店のカラーはそれぞれはっきりしているが、向かう先は共通している。