アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

最新記事 編集部から新しい情報をご紹介。

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#94
2021.03

文化を継ぎ、培うということ

2 身の丈の関係性 手のひらのものづくり 京都・祇園町
4)身の丈で、関係性のなかで

多くのヴァリエーションをつくって、コンテンツを華やかにするのではなく、少ない数で、納得のいくものを仕上げ、ひとつ、ひとつを大切に届ける。Zplusでやっていることは時代と逆行するようでもあるが、そこには永松さんの揺るぎない思いがある。

———自分たちに合うことをしよう、とやっています。身の丈でできることをするのが無理がなくて、一番美しいと思う。自分たちのまちのなかで、自分たちの人間関係でできることは強いし、間違いがない。たとえそれがうまくいかなかったとしても、自分たちでやったはるな、とまわりも見てくれると思うんです。

先に永松さんが言っていたように、京都はまちなか、場合によっては町内くらいの範囲で、ものづくりが完結できてしまう。そのやりかたであれば、少々の不況やアクシデントがあったとしても、大きく揺らぐことはない。小さく、長く続けることは一見、地味かもしれないが、そこには無数の挑戦や工夫の楽しみがある。何より、かかわる誰もがすこやかに仕事ができると思うのだ。

———ZENBIはいろんな意味で「無理のない」美術館だと思います。だから、わたしたちが入っても楽なんです。「できることはこれぐらいしかない」と掲げてやっているから、楽というか、気持ちがいいんですよね。

館長の善也さんは、ZENBIの開設は「鍵善が代々手がけてきた文化を継いだだけです」と淡々という。伝統の継承は革新とセットで語られることが多いなか、その言葉はとても新鮮に響く。
黒田辰秋をはじめ、作家たちはどんな作品をつくり、鍵善とどのようにかかわってきたのか。そのことをきちんと残し、全容を見渡せるようになれば、その先は自ずと開くように思える。
そして、これからのZENBIの取り組みを支えるのは、この美術館の設立に協力し、今後もかかわっていく、永松さんをはじめとするまわりの人々だ。

———わたしたちのように、善也さんの近くにいた人間が一緒にやらせていただけるというのは、地域としても面白い試みだと思うんですね。ZENBIができたことで、祇園という地域にまた違った輝きがひとつ生まれるといいな、と。

京都は関係性のまちだとすれば、ZENBIはまさに京都らしい。
ZENBIがあるのは、鍵善本店から四条通りを南に渡って徒歩数分。もともと、先代の始めたギャラリーがあった場所だ。小路を挟んだ向かいは、2012年に善也さんが始めた「ZEN CAFE」のあるZENビル。その2階にテナントとして入っているのが、永松さんのギャラリー「KYOTO-」
善也さんと永松さんは同世代で、ともに祇園に生まれ育った。ごく近くにいながら、ZEN CAFEの仕事をする前は特に付き合いはなかった。ものづくり、空間づくりをきっかけに知り合い、信頼し合うようになったのである。
祇園に対する思いも重なる。ZENBIから心地よい風を送って、地域に根づいてきた豊かな文化を息づかせること。人と人、人とものとの関係を結び直していくこと。焦らずに、そのことを一歩、一歩進めるつもりで、長い目で見ている。

次号の予告的に紹介すると、ZENBIの設立にかかわるメンバーの1人、イムラアートギャラリー・井村優三さんの存在は大きい。美術館の創設に尽力し、展示の企画も担当している。また、Zplusのオーナーでもある。
永松さんもそうだが、井村さんもまた、善也さんの、鍵善の意思を何より尊重しながら、祇園のまちと、そこで営まれるものづくりをより豊かにするべく動いている。
次号では、井村さんの話も伺いつつ、ZENBI界隈と祇園町を見ていきたい。

3L1A5514

3L1A2910

先代の住まいでもあった町家をできるだけ生かしている / 左から永松仁美さん、今西善也さん、井村優三さん

ZENBI -鍵善良房- KAGIZEN ART MUSEUM
https://zenbi.kagizen.com/
取材・文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。2012年4月から2020年3月まで京都造形芸術大学専任教員。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。
写真:石川奈都子(いしかわ・なつこ)
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。
編集:竹添友美(たけぞえ・ともみ)
1973年東京都生まれ。京都在住。会社勤務を経て2013年よりフリーランス編集・ライター。主に地域や衣食住、ものづくりに関わる雑誌、WEBサイト等で企画・編集・執筆を行う。