アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#93
2021.02

文化を継ぎ、培うということ

1 文化サロンとしての私設美術館 京都・祇園町
2)アットホームな美術館
ZENBI -鍵善良房- KAGIZEN ART MUSEUM

木造2階建ての美術館は、居心地の良い空間だ。やわらかく光が射し込み、居るだけで気持ちがほどけてくる。美術館というより、素敵な家、あるいは別荘にでも招かれたように思える。
木や漆喰、レンガなどの自然素材を用いた空間は、それだけで心落ち着く。余計なものは何もなく、主張しすぎるものもない。さらに、和洋のどちらともつかず、ニュートラルでかろやか。調和の取れた、穏やかな佇まいである。

展示室は全部で3室。1階入ってすぐ左手は「磚庭(せんてい)」と名づけられたリラクシングスペースだ。その奥が展示室で、展示に合わせてしつらえるコーナー「柚木房(ゆうぼくぼう)」を併設している。静かな空間で、じっくりと展示作品と向き合える。

階段を上がると、さらに「家」の感じが増す。フローリングの床に、ロールスクリーン越しのやわらかな光。上がって左手は、椅子とテーブルのある書斎のようなコーナーで、カタログをはじめ、鍵善や展示に関連する本を読むことができる。その右手と奥に展示室が2室ある。壁はグレイがかった白で、漆喰壁の1階よりも現代的な印象だ。
のように、ZENBIはいたってシンプルにつくってある。作品が映える空間であることはもちろん、展示を観る前後で、ゆったりとくつろげる配慮がなされている。ここでは、外の世界とは別の時間が流れているのだ。作品鑑賞とくつろぎの塩梅がほどよい場所をつくりだせたのは、もてなしを極めてきた菓子屋ならではかもしれない。

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(上から)表を眺められるリラクシングスペース /  陶芸家・辻村史朗さん作の狛犬。館を見守る、ユーモラスで愛らしい存在 / 書斎コーナー。午前中の光の移ろいが美しい / 入場券には和三盆糖の「小菊」つき。本店で江戸期からつくり続けるロングセラー「菊寿糖」の小さい型をZENBIのために起こした

館長を務めるのは、当主の今西善也さん(以下、善也さん)だ。

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今西善也さん

———この場所はもともと、先代がやっていた小さなレンタルスペースと駐車場があったんです。そこをやめて、小さな箱をつくりましょう、と5年以上かけて、いろいろ話をしてきました。そのなかで、隣の続きの長屋も含めて建て替えて、広めの建物にしよう、と。すっきりとした、このまちに馴染むような感じにしたくて、建築家の金澤富さんにデザインしてもらいました。
ただ、ここに北欧の椅子を置いたりるとショールームみたいになりかねないので、磚庭の椅子も建築家がデザインしてくれたりして。バランスの問題ですね。
1階のコンセプトは「美術館」ですけど、ホワイトキューブにはしなかったです。京都のお寺はよく美術展もされますが、そんな雰囲気で、光とか抜けがある感じですね。お客さんには、この祇園町でゆったりと過ごしていただきたいので。

2階にある西側の窓には、黒のロールカーテンが下げてある。布越しに緑の影が揺れる。障子に近い感覚で、京町家の陰翳礼讃を思わせながら、今の時代に合ったしつらいだ。そんなこまやかなバランスの取り方が随所に見てとれる。

———ほんとに気楽な感じで、時間つぶししてもらったらいいかなと。

善也さんはそう謙遜するが、展示はかなり見応えがある。オープニングの企画は「黒田辰秋と鍵善良房-結ばれた美への約束」。鍵善のために制作された作品を中心に、これまでの収蔵品で構成されている。ZENBIは「鍵善が収蔵する黒田辰秋の作品を展示する」ためにつくったといってもいい。