1)万年青のオモテ市 おいしいもののセレクトショップ
オモテ市を主催するのは「串揚げ万年青」(以下、万年青)の青木嗣(つぐ)さん、裕子(ゆうこ)さん夫妻。毎月25日、店の内外をつかって開催している。
万年青があるのは、西陣のなかでも北のほうで、かつては西陣織に携わる店が軒を連ねた大宮通に面している。新旧さまざまな建物が入り混じる、動きのある地域だ。
新鮮な素材をていねいに下ごしらえした串揚げはファンが多く、近隣のひとたちのみならず、広く京都内外からお客が訪れる。淡々と仕事する嗣さんと、おおらかな笑顔でこまやかに接客する裕子さん。ふたりのバランスも絶妙で、心地よくリズミカルな空気が流れる。
町家を改装した店内はカウンターと個室にもなる奥の小部屋のみ。まさに「鰻の寝床」のようだが、シンプルで狭さを感じさせない。カウンターのテーブルや椅子、器にいたるまで、それぞれが主張しすぎることなく、おだやかに調和している。看板のロゴやエントランスの何気なさも、あたりの景色に溶け込んでいる。
万年青が開店したのは2013年。それからわずか数ヵ月後にオモテ市を始め、2020年8月末には83回目を迎えた。知名度もかなりのもので、市が開かれる毎月25日には多くのひとが訪れる。
その特徴をひとことでいうなら、「店主がおいしいと思うもののセレクトショップ」となるだろうか。取り扱うのは万年青となんらかの関わりのある、素材や来歴の明らかな、そしておふたりがおいしいと感じるものだけ。とてもシンプルだ。
オープン前になると、店内のカウンターやコーナースペースに整然と美しく、さまざまなものが並んでいく。京都市左京区静原のオーガニックレストラン「millet」の石窯で焼き上げたパン。左京区白川沿いの「青おにぎり」の種類豊富なおにぎりに、左京区仁王門通に店をかまえる「ホーボー堂」の発芽玄米弁当と玄米おはぎ。お向かいの和菓子店「聚洸」の生菓子……。嗣さんの出身地、高知のしらすや干物などは市を始めたときから欠かしたことのない定番だ。
奥の小部屋では、南区東寺近くのだしの老舗「うね乃」と、万年青の近くに支店を出した甘味処「うめぞの茶房」のスタッフが品々をディスプレイし、対面販売を行う用意をされている。店の前には、すでにたっぷりの野菜や果物が並んでいた。近所の八百屋「ベジサラ舎」だが、看板娘たちはこの日のイートインメニュー、滋賀県で採れたメロンを使ったかき氷を出す準備に余念がない。
コロナで規模を縮小し、出店は10店ほどの規模だが、野菜や干物などの生鮮食品から乾物、お弁当に甘味までヴァラエティに富んでいる。
そうこうするうち、オープンの12時が近づいてきた。
店の前には、すでにお客が並んでいる。根強いファンやリピーターも多く、ここ数年で開始前に長い列ができるようになった。整理券を出していることもあって、この日は十数人ほどだったが、多いときには100人ほどが並んだこともある。こぢんまりした市にしては、相当な人出である。
そもそも、店の前の空き空間=「オモテ」から始まった、小さな市だ。限られたスペースでお客が気持ちよく買いまわれるよう、また近隣に迷惑をかけないよう、混雑を避けるための工夫を徹底している。もちろん、コロナ禍でのありかたも熟慮のうえだ。
具体的には、整理券を出して、店外での待ち時間をできるだけ短くすること。もうひとつには、開始から1時間くらいは、10分から15分ほどの短い時間で買いまわってもらうことだ。
お客のほうもよく心得ている。万年青のSNSでは、どんな店の、何が出るかもあらかじめ、すべてきちんと紹介してあるから、オープンを目指してくるひとの多くはそれで当たりをつけてやってくる。
だから、開始直後の店内はとても静かで、いわゆる「市」らしくはない。訪れる方たちは、ひととおり眺めつつ、目星をつけておいたものを中心にさっと買い物をしていく。みなさん淡々としていて、慌ただしい感じはないが、商品が動くスピードは驚くほど速い。
奥の部屋やエントランスでは、出品者がお客になごやかに応対している。それ以外の出品者は品物を裕子さんと嗣さんに託している。カウンターのスペースには、市のスタッフはおふたりと手伝いの方1名がいるくらい。出品者がもっといるときもあるが、細長いこの空間では、今回くらいでちょうどいいようにも見える。
お客が一段落した14時過ぎ、市の空気はかなりくつろいできた。すでに完売した品も多々あるが、そのぶん、ゆっくり見てまわれる。カウンターではお客たちがかき氷を食べている。
商品を見ているお客に、裕子さんがごく自然に声をかける。「そのおはぎはふつうのおはぎとはだいぶ違います。そうですね……和菓子みたいな感じ」「高知から届いた干物です。添加物のない干物ですよ」
見た目だけでもそそられるのに、そうしてつくられかたや個性を知ると、一度食べてみようか、という気になってしまう。そして、ひとたび食べるとそのおいしさにハマってしまう。それは誰しも同じようで、エコバッグをいっぱいにして帰るひとがたくさんいる。
一本筋の通ったセレクトショップ。出品者にもお客にも信用が厚く、その相乗効果で商品はより充実し、評判を聞きつけひとが集まる。オモテ市は、そうした良い循環によって培われてきた。