アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#87
2020.08

これからの経済と流通のかたち 市やマルシェ編

1 京都・西陣 環の市

 5)じっくり続けて、コミュニティをひらく

3年ほど前、石川さんは、環の市について、SNSでこんな投稿をした。
どんどんマルシェが増えてきて、わたしが開催する意義とか方向性とかいろいろ模索している心境でもあるけれど、でも出てくださる方や来てくださる方が満足したり楽しんでもらえたりする時間に出会えると、何よりありがたく、感謝に包まれるのでした」(原文ママ)

仕事ではないという思いもあって、環の市を運営するにあたっては、今のところ出店料は取っていない。徴収するのはフライヤーを制作するための500円のみで続けている。そのうえ、自宅を開放するにあたっては、それこそ換気扇まできれいに洗って1日がかりで掃除する。
いわば無償の「楽しいこと」のために、ここまでできるのは、出店者やお客に喜んでもらえたという手応えだ。それはまた、石川さんにとって、毎回自分をパワーアップできる機会でもある。

———今回、出店者の友人がインスタグラムで「主催のなっちゃんの気持ちがすごい伝わります。こういうもの(市)はこうあるべきだと思います」みたいなことを書いくれていて。ちゃんと見てくれてるんだなって思った。本当に光を見たというか、感動したんです。出店者のみんなと、そういうことを話す機会はあんまりないんですけど、回を重ねることで、それが伝わっていくようなところはありますね。
掃除は大変なんですけど、完全にきれいになった状態のところにみんなが来て、夜にはみんなのいい気だけが残った状態になるっていう。だから、家がすごいきれいになるし、自分が欲しいものを買いに行かなくても来てもらえるし、ハッピー、元気になる。横のつながりも深まっていく。出店者同士がわたし抜きで別のなにかを始めたりっていうことも増えたらいいなって思っているんです。そういうのができてきたらすごくいい状態だなって。

石川さんは今後も、環の市を長く続けていくことを目指している。

———続けていかないと見えてこないことがあると思うし、やっている意義が薄まるというか。ずっと続けていくために、場所代がかからないことや、自分に負担がかかりすぎないことも大事なんですね。
続けていく理由の1つとして、自然な流れでこんなマルシェをみんなでできるから、いろんなところで増えてほしいというのがあって。環の市を有名にしたいとかたくさんのひとに来てほしいとかは全然なくて、こういうことが自分たちにもできるかもって思ってほしいんです。

以前、お客がぐんと増えたときも、大きな場所を借りてもっと大きくする方向には、気持ちが動いていかなかった。根っこにあるのは、スタートメンバーと培った良い空気であり、互いを認め合うなかでの発見や感動だ。

———たとえば、百貨店にもブレスレット売ってるけど、身近にいるあのひとがつくったブレスレットめっちゃ素敵、みたいなことにもっと気づいてもらえたら。例えば趣味でつくっているとか、大きくなりすぎた手づくり市で商売しているようなものとはまた違うんですよね。1つ売っていくらとかじゃなくて、手から生まれてしまいました、みたいなものを大事にしてくれるひととお金を介して交換することをもっと大事にするっていうか。

そこにあるのは、ものとつくり手に対する敬意であり、その気持ちを交換しあうつながりだ。もちろん、お金を介してのことだが、行き交うのはそれだけではない。
清々しい、ひととものと、気持ちの循環。そのありかたはとてもすこやかだ。

———わたしはテレビも見ないし新聞も取ってないですけど、インターネットだけで情報を得ることにあんまりピンとこないんです。それよりも、たとえば(出店者の)モモちゃんがチベット医学について言っていることのほうがピンとくる。そういうつながりを増やしたいっていうか。まちのかかりつけ医みたいに、心配になったときに相談できるひとがいたり、洋服をつくってくれるひとがいたり。いろいろなことができるひとたちがいるなかに、わたしも写真家として存在しているみたいな。そういう感じで小さなコミュニティがあるといいなと思うんです。

環の市は、3ヵ月に一度の、その日限りの催しである。しかし、そこでの出会いから、新たなコミュニティもいくつか生まれている。「環の市ちくちく部」のような部活的な集いに、生活のクオリティを高めるようなワークショップや講座の企画……。
「自分のやりたいこと」として始めた市は、石川さんにとって仕事ではない。しかし、お金だけではない関係性を生み出し、育てていくなかで、環の市を超えた活動にもつながっている。生活のなかの、仕事とプライベートだけではない、他者と分かち合える「半パブリック」な領域。その部分を耕すことは自分自身が楽になれることでもあるし、そこにかかわるひとりひとりの豊かさにもつながっていくのではないだろうか。
小さくとも、すこやかなコミュニティがここに生まれ、育っている。

次号では、西陣の飲食店・万年青が手がける食の市「オモテ市」を取り上げたい。

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自宅兼事務所のある路地は、雑誌や広告などの撮影でも人気の雰囲気のよいところ。夫の坂井隆夫さん、長男の森くん、次男の楽くん、愛犬のりんちゃんと

環の市(石川奈都子ホームページ)
http://ishikawanatsuko.jp/

取材・文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。2012年4月から2020年3月まで京都造形芸術大学専任教員。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。

写真(1、2章):成田 舞(なりた・まい)
1984年生まれ、京都市在住。写真家、1児の母。暮らしの中で起こるできごとをもとに、現代の民話が編まれたらどうなるのかをテーマに写真と文章を組み合わせた展示や朗読、スライドショーなどを発表。2009年 littlemoreBCCKS写真集公募展にて大賞・審査員賞受賞(川内倫子氏選)2011年写真集「ヨウルのラップ」(リトルモア)を出版。

写真(3、4、5章):石川奈都子(いしかわ・なつこ)
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。

編集アシスタント:木薮愛(きやぶ・あい)
1989年岐阜生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒業。雑誌やウェブの記事を編集・執筆するほか、コーディネーターやアートフェスティバルのPRとしても活動する。