6)思いを発酵させてつくる「そのひとらしい」服
まわりの方たちからのリクエストがずいぶんたまってきたころ、行司さんはつくることに追われるようになり、服づくりが楽しくなくなってしまったこともあった。
——わたしは引き受けたら即せなあかんと思ってしまうんですよね。それなのに、最初のころはどんどん引き受けてしまって、15着ほどたまってしまったときにしんどくなって、いっぺん辞めたことがあったんです。貴重な休日を使って、気づいたらみなさんの服ばかり縫っていて、怒りながらやっていたから、それはあかんと思って。
そんなころ、取材に来てくれた雑誌の編集者に、繊細な手仕事で有名なとある方は何ヵ月待ちということもけっこうあると聞いて、それでもいいんやと。つくってほしいという方とは、とりあえず約束して、しばらくしてつくれる服が思いついたら連絡をするので、そのときにもうつくってもらわなくていいと気持ちが変わっていたら遠慮なく言ってほしい、とお願いしたんです。そうすることで、気持ちがずいぶん楽になりました。
それと前後して、友人知人につくるにあたって、行司さんはいくつか条件を決めた。
1. 事前にリクエストを受けるのは、「コート」「ワンピース」などのおおまかな形と、好きな色や好みの着丈のみ。
2. 布選びやデザインなどは任せてもらい、私が「これ似合う」と思う服を勝手気ままに作る。
3. 他の人に作った服と全く同じもの(おそろい)は基本、作らない。
4. 途中経過は見せず、完成したときに初めてお披露目する。
5. 完成品がお気に召さない場合は、私が引き取る。
(行司千絵『おうちのふく―世界で1着の服―』より抜粋)
相手のことを思いやりながらも、自分が好きでないものはつくらない。
ほんまに勝手なことなんですけど、と恐縮しながら、誰かにつくるということを行司さんなりに考えた末の条件であった。途中経過を見せないのは、そうすればつくる服も、つくる気持ちも揺れてしまうから。譲れないところだが、着る側のことを考えると葛藤もある。
——親しい相手の場合は、ふだん着ている服のイメージは大事にしてて、何を着てるかとか、どんなジーンズかとか、そういうのは頭に入ってるんですよ。なので、それに合うような服をと思っています。というのも、自分も母もふだんの服になじませて着ているから、突飛な服というか、日常着に合わへん服はつくらんとこうと思ってるんですよ。なので、知っているひとにつくるのが一番望ましくて、知らないひとのはようつくれない。親しいひとでないと、寄りどころがないんです。自分の好みを押しつけるのは、おこがましいです。
かなり具体的な希望を言われると困ります。というのも技術が素人なので、相手がイメージしている服があって、それを汲みとってつくるっていうのは、プロのオーダーとかセミオーダーに頼んでほしいんですよ。技術も仕上がり具合も全然違うし。そうではなくて、わたしがこのひとにこんなん似合うなと思ってつくるので、完成するまで見せへんけど、それでもいいんやったら、と。自分と母のときは狭い世界でつくってましたけど、友人や知人につくるようになって、思いがけない球がくるので、それを実現するには自分の技術とか発想のなかでどうやってできるかっていうのを一生懸命考えてつくってるような気がします。
ひとたびつくり始めたら、行司さんの手はとても早い。たいていのものは2日か3日あればつくってしまう。休日の2回か3回ぶんだ。ワンピースくらいなら一日でできる。しかし、それ以前にそのひとのことを思う時間が長いのだった。
——髪型あんなんやったな、とか。コートをつくるんだったら、いつもハイネック着てるから、えりのかたちはどうしようか、鞄持ってるか持ってないか、靴はいつも運動靴やなとか、ズボンの丈はどうやったかとか、自分のなかで材料となる情報があって、思い浮かんだ服と現実的な素材を混ぜて、発酵させていく感じですね。
相手の輪郭を思い描きながら、似合う服をイメージして、かたちにしていく。自己表現としての制作ではなく、言われた通りにつくるオーダーメイドでもない、そのひとをより素敵に見せる、そのひとらしさを引き出す服づくり。行司さんが行き着いた、独特のやりかたである。