アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#30
2015.06

「一点もの的手づくり」の今

前編 行司千絵さんの服と手芸
9)つくるひとと着るひとで紡ぐ、進行形の物語

2000年代に入ってから、若い世代を中心に、ちくちくと手縫いしたり、ミシンを使ったりして身につける小物や雑貨をつくることが一部で人気となり、ある程度定着している。これは、はじめに書いたような、お母さんやおばあちゃんの手づくりがあまり記憶にない世代が中心の、新鮮な体験としてあるものだろう。だから、無邪気な趣味や楽しみであったりもするけれど、その一方で自分らしさの表現であったり、自己実現の要素が大きいようにも思える。そこにあるのは、素人ではなく「作家」になりたいという気持ちではないだろうか。
木工デザイナーの三谷龍二さんの特集でも少しふれたが、今の時代は「作家」になりやすい。正確にいうと、作家という「肩書き」を得るのは容易いのだ。クラフトフェアやネットなどでつくった品に値段をつけて、「作家です」と宣言したら作家になれて、ギャラリーなどで展示する道も開ける。ハンドメイドの雑貨などを売買する世界的なサイト「Etsy」などを使えば、そこそこ収入を稼ぐこともできるだろう。
行司さんの手づくりは、その風潮とは逆の方向を向いている。「作家」と思われることはかなわん、これで食べていく気もない。経済活動を伴わない、あくまで楽しい趣味だ。
おばあちゃん、お母さんが服やお菓子を手づくりする環境に育って、手芸が好きだった行司さんは、ブランクはあっても、結果的にまだ手づくりが今ほどポピュラーではない時代から、服をつくり続けてきた。友人知人に頼まれるようになってからは、そのひとや、そのひとの個性や状況を思いながらつくるから、結果的に世界にふたつとない「一点もの」をつくってきたのである。

2010年代も中盤にさしかかり、ものとひとの関係は今、ふたたび過渡期に入ったように思う。これからどう変わっていくかは、まだよくわからない。ただひとつ、行司さんのような「受けとるひとのことを思ってつくる」ものづくりに惹かれるひとは、じわじわと増えているように思うのだ。そこでは、ものは単なるものではない。作り手の思いがこもり、使い手が自らになじませていく、進行形のかたちである。
能天気に「手づくり万歳」というのではない。ものを介したひととひとのありようが紡がれていく時間は、すぐにどうこういうものでもない。これからじわじわと、何かが見えてきたり、表れてきたりするのかもしれない。

後編では、自身のお母さんの手づくりを生かすファッションデザイナー、村上亮太さんを取りあげる。

大きい人形が美知子さん、小さい人形が行司さん作。つくった時代もテイストも違うけれど、手芸が好きで何かしらつくってしまう母娘だ

大きい人形が美知子さん、小さい人形が行司さん作。つくった時代もテイストも違うけれど、手芸が好きで何かしらつくってしまう母娘だ

新刊『おうちのふく-世界で1着の服-』の刊行を記念した「おうちのふく」作品展も開催される。
リネンバード北浜(大阪)2015年6月6日~14日、リネンバード二子玉川(東京)2015年6月20日~28日
リネンバード
http://www.linenbird.com

新刊『おうちのふく ー世界で1着の服ー』(フォイル)
上記をはじめ、イベント情報などがすべてまとめてある。
フォイル
http://www.foiltokyo.com/book/text/ouchi.html

構成・文:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。最新刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。

写真:森川涼一
1982年生まれ。写真家。2009年よりフリーランスとして活動する。
人物撮影を中心に、京都を拠点とし幅広い制作活動を行う。