5)「かたち」より「気持ち」を受け継ぐ 農耕儀礼「アエノコト」
アエノコトとは、奥能登で古くからつづく祭礼。
アエ=饗、コト=祭りを表す。
農家が田の神様を各家に迎え入れて、風呂と食事でもてなす、感謝の行事だ。農作業を締めくくる12月に田んぼへお迎えに行き、収穫への感謝を込めてもてなす。田の神様はそのまま家で年を越され、春間近の2月、新しい年の五穀豊穣を願って田んぼへお送りする。奥能登地方の珠洲市、輪島市、能登町、穴水町(あなみずまち)にて、家ごとに伝承される農耕儀礼だ。お祭りといっても神輿などが出ることはなく、集落の家々それぞれでご馳走が用意され、それぞれの設えで、家の主が代々粛々と行ってきた。77年、国の重要無形民俗文化財に指定、09年にユネスコの無形文化遺産へ登録、そして11年にはFAOの世界農業遺産に認定された(*1)。
まるやま組では「みんなのアエノコト」をテーマに「まるやま組のアエノコト」をオープンにし、参加者みんなで自然とひとのつながりに感謝する。始めるきっかけになったのは、「まるやま」の田んぼで自然農に取り組む、輪島エコ自然農園の新井寛さんを応援したいという気持ちからだった。新井さんも、2008年に埼玉県から三井町に移り住んだ移住組。会社員からの転身だ。
——まるやま組は新井さんの自然農の田んぼで生態系の観察をさせてもらってきました。よそ者がアエノコトをしていいだろうか。そんな思いもあったけれど、田の神様に感謝する気持ちは同じだと思ったんです。
アエノコトのような農耕儀礼は、世界中でみられたものだが、今日まで継承されているものは稀という。北陸の半島の最果てという、奥能登独特の風土によるところが大きいだろう。宮中および、全国各地の神社にて対になってとり行われる、収穫に感謝する11月23日の新嘗祭(にいなめさい)、五穀豊穣を祈願する2月17日の祈年祭をしのばせ、民間における原初形態とも言われている。また、民俗学者の柳田国男は、宮中の祭りと民間の祭りがゆるやかに結びついた「民間の新嘗祭」と位置づけた(*2)。数ある地方の祭礼のなかでも、学術的見地からも保存継承の観点からも注目されるゆえんだ。
一般公開されている保存会によるアエノコトの実演や資料映像では、家の主人が羽織袴姿で田の神様をもてなすなど、古式ゆかしい形式に則った仰々しい儀式に見える。実際にはどうなのだろう。ゆきさんや民俗学者でまるやま組の菊地暁さんはアエノコトが行われる日に集落の家々を訪ね、そのようすを見せてもらったそうだ。本来、家々でひっそりと密やかに行う祭礼の場に快く立ち会わせてもらえたのは、同じ集落に暮らす、萩野さんが日ごろから大事にしている関係性の賜物だろう。
田の神様は夫婦ふたり。漆塗りのお膳に並べるお供えは、ふたり分。豊作を表す、二股大根。あふれんばかりに升に盛る赤飯。お決まりのものもあるけれど、ご馳走も設えも家ごとのやり方がある。訪ねた家はどこも、今できることで大切にもてなしていた。
——あるお宅では、御膳の敷物が人気キャラクターのゴザでした。家人は「田の神様がいらっしゃるのだから、なにか1枚敷かないとね」って。受け継ぐべきは「かたち」よりも「気持ち」だと、あらためてそう思いましたね。