6)まるやま組流「みんなのアエノコト」
「1年かけて、アエノコトの用意をしている気がします」。アエノコトの準備に立ち会い、ゆきさんの言葉に合点がいった。
ワラビやゼンマイの塩漬け、鯖を糠(ぬか)に漬ける能登の糠(こんか)漬け、軒先につるして寒晒しにしていた柚餅子や寒の餅など、ゆきさんがいずれも旬のタイミングで仕込んだ保存食がお供えとなる。
——春先の山菜採りはつい夢中になるけれど、すぐ処理しないといけないので、採り過ぎると夜中までかかってしまう。自分の身の丈に合った量があるし、それがわかれば採り過ぎることもない。「もったいない」という言葉が流行語にもなりましたが、ここに暮らしているとその意味を実感します。
当日は、参加者も思い思いにご馳走を持ち寄り、漆塗りのお膳にお供えが並べられる。まるやまで採集した植物や昆虫の標本、収穫した雑穀や豆、できたばかりの「あぜ豆醤油」、参加者がつくったお米やお酒なども感謝を込めて供えられ、まるやま組が過ごした豊かな時間が伝わってくる。
集落のしきたりに習い、まずは家の主人が代表して、田の神様に感謝の気持ちを伝え、新しい年の豊穣を祈願する。例年は農家の新井さん、今年は代理で伊藤浩二先生が担当。続いて、榊を依り代にして、子どもたちの手で田の神様にお風呂に浸かっていただき、ご馳走でもてなして、田んぼまでお送りする。
参加者それぞれも手に小さな依り代を持ち、田んぼの神様と一緒に雪が残る道を歩く。清らかな雪解け水が川へ流れ出し、畦には蕗の薹(ふきのとう)。春はもうすぐそこだ。「まるやま」のすぐそばにある、新井さんの田んぼに鍬を入れ、二礼二拍手一礼し、「めでたいな」と3回となえる。「めでたいな」とは、春を祝う「めでたいな」であり、「すこやかに芽が出ますように」という思いを込めた「芽出たいな」でもある。
最後は小さな依り代を集めて雪のうえで焚き上げる。そのようすが、なんとも美しい。新たな1年に向けて、気持ちを新たにする、清々しいひとときだ。
田んぼから帰ったら、みんなで田の神様の御膳のお下がりをいただく。植物生態学の先生や水生昆虫の研究者、民俗学者、集落の農家の方、珠洲や輪島に暮らす子ども連れのお母さんたち、神主さんや住職さん、紀一郎さんの建築事務所「萩野アトリエ」のスタッフ、前日の準備から参加していた鳥取大学地域学部の学生たち……。老若男女が集う本当に多彩な顔ぶれだ。ふだん接点のない者同士もご馳走を囲み、打ち解けて語らう。準備を手伝ったり、ご馳走をつくったり、それぞれができることで場をつくっているからだろうか、初対面同士でも、年代が違っても自然と親しみがわく。
一人一人に配った小さな依り代は、「まるやま」を調査して見つけた植物やいきものの名前を綴った和紙で榊が包まれる。畦で育てた小豆でつくった餡(あん)は、占い入りの米粒のかたちの最中に好きに詰めて食べてもらう……。アエノコトでもまるやま組流のアイデアやデザインが集まるひとを楽しませ、なごませる。
昔ながらの形式にただこだわるのではなく、そこにある気持ちを、自分たちらしいかたちで受け継ぐ。年齢や職種といった垣根なく場を共にすることで、共にできることが見えてくる。ゆるやかであたたかな集まりだけれど、そこにはたくさんの気づきや学びがある。