3)建物自体を楽器に見立てる
90年代に入り、伊達さんは最後のデザインコンペ出品作となったオリジナル楽器の制作を継続。木材、漆の技法、空き缶やクッキー缶など日常の素材を使い、さまざまな弦楽器を生み出した。木工のスキルもあったため、さまざまな素材それぞれに独特のかたちを与えることができ、ついにはオリジナルの鍵盤楽器までつくった。
あるとき、かたちのバリエーションにも限界が見えはじめ、ふと自身の制作を見直しながら「楽器のかたちを解体する」方向に行くことはできないかと考えた。
———ものがあって、音が介在せず、見ることによって音をイメージさせるのもいいんだけど、そうじゃない音の介在のさせ方がきっとあると感じたんですね。物体と観客を対峙させるだけじゃないほうがいいのかな、と。
当時影響を受けたのは、オタマジャクシ型電子楽器「オタマトーン」など、独特な電子機器制作を行う芸術ユニットの明和電気。どこにでもあるスイッチなどで鳴りものをつくることで、一度観客として体感すると身のまわりにあるスイッチ自体が面白く見える。伊達さんが「楽器のかたちを解体すること」として当時イメージしていたのは、そんな作品だった。
———90年代の初めごろには、サウンドインスタレーションが結構流行り始めていました。インタラクティブな展示作品として、観客が入ったらセンサーが反応してピコピコ何かが鳴るとか。でもそういう電子的な観客との関わり方は違うと思った。
そこを通る、ということだけを観客に期待する姿勢を変えられないか。観に来るひととの関わり方を模索しようという思いとともに、1993年以降伊達さんはサウンドインスタレーションの道へ足を踏み入れる。装置を用い、観客のアクションに応じて紙太鼓を鳴らすいくつかのシリーズを完成させたあと、光をテーマに空間を作品として見せる美術家ジェームス・タレルの活動に衝撃を受けた。
大小の空間を操作し「全面的に外に委ねている」と伊達さんが評するタレルに対し、自分はかなり限られたことしかしていないのではないか、という疑問を持ち、展示空間に音源を持ち込むのをやめて、建物自体を音源にしてみることにした。1993年に閉校し、2000年以降「京都芸術センター」として使われることとなる旧明倫小学校に装置をしつらえ、建物の各所に設置された小さなハンマーが、観客の操作によって波打つ水と連動して音を出すという「TAP THE SPACE」シリーズを1996年に発表する。
こうして、90年代を通して「音」をテーマにしてきた伊達さんだが、シリーズを重ねる毎に「伸び悩み」を感じたという。またインスタレーション作品は装置のメンテナンスが欠かせない。メンテナンスに追われる日々に疑問を抱き、もう一度木工に立ち返ろうと考えた。
———「TAP THE SPACE」を発表した後の96、97年頃にイギリスに留学したのですが、今ひとつ何をつくってもこれまでの作品より面白いという感覚が持てなかった。僕の得意技は木工だから、インスタレーションではなく、やっぱり木で楽器をつくりたいと考えたんです。さらに考えたのは、「TAP THE SPACE」で音を出している建物を見て、それ自体がもう楽器だな、ということ。実音だけではなく材質感や周辺音も取り込んで時間を刻んでる。それなら自分の好きな木工でほんとに楽器に仕立ててみたらどうなるんだろうな、という興味がわいてきて、ちょっと試してみることにしたんです。ただ、当時はその取り壊す建物に長年住んでいたひとたちのことも、後につくった作品をそのひとたちに渡していくことなんて頭になかったですけどね。
建築物から素材を取り出し、楽器をつくってみてはどうか。オリジナル楽器の制作から始まり、サウンドインスタレーションを経て「建物全体を鳴らす」という作品からさらに一歩踏み出すようにして、建築物から楽器をつくるというアイデアが生まれた。