アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

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#21
2014.09

<ひと>と<もの>で光を呼び戻す 東京の下町

後編 愛着をもって、蔵前に根ざす
5)「メイド・イン・台東」のオリジナルを生み出す
文具店主 広瀬琢磨さん

「カキモリ」一番の目玉は「オーダーノート」。60種類の表紙と30種類の中紙から用紙を選び、リングと革やゴムでできた留め金も好みのものを指定すると、5分後にはオリジナルのリングノートができあがるというわけだ。希望者には名入れもしてくれるし、使い終えたら中紙の交換にも応じてくれる。
店内には製本機が備え付けてある。お客は自分の選んだパーツがノートに仕立てられていくようすを観察することができる。
「表紙に布張りする生地は問屋で探し、罫線の印刷は印刷屋、紙のカットは断裁屋というように、基本的に徒歩圏内でお願いしています」と広瀬さんが教えてくれた。すべてのパーツが、ここ台東区内の材料店で調達され、加工も地元の職人がおこなう。つまりはメイド・イン・台東。この特別感も、ユーザーの心をしっかりとつかんでいる。

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(上)オーダーノートのコーナー。下の棚から好きな紙や留め具を選び、カウンターへ持っていくと、その場でノートに仕立ててくれる (下)オーダーノートを製本するスタッフ

(上)オーダーノートのコーナー。下の棚から好きな紙や留め具を選び、カウンターへ持っていくと、その場でノートに仕立ててくれる (下)オーダーノートを製本するスタッフ

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広瀬琢磨さん

オープン当初は、いかに珍しい文具をセレクトするかということに頭を悩ませていたという。

———そんななか、アートディレクターの関さんなどと、お客さんのノートがつくれたら面白いね、という話になり、オーダーノートのアイデアが生まれたのです。

業者のあてはない。近所を歩き回り、自転車で走りながら町工場の看板を探し、片っ端からあたっていった。

———最初は電話帳を見ながら探していたけれど、新規の下請けはあまり受けてくれないんです。蔵前で文具屋をするって言っても、「何を考えているんだ、失敗するよ」と言われるばかりでした。そんななか、「自分で品物の受け渡しに来るならやったげるよ」っていう職人が現れて、そことの現金商売から始まりました。ひとつのところがうまくいくと、その職人が別の下請けを紹介してくれたりするんです。この界隈は下請け業が多くて、横のつながりがあるんですよ。最初は紙中心だったのですが、表紙に使う布地とか留め具に挟む皮革とか、職人や材料店のネットワークとかが増えていくなかで、商品自体のレパートリーも増えていきました。

それでもつき合いの浅い職人とは、美意識や価値観が異なることもあるだろう。共通の価値観をもってひとつの製品をつくりあげるにはどんなことを心がけたらいいのか。

———信頼関係が全てですね。これは、失敗しながら続けていくしかない。たとえば、罫線の印刷はごく薄くとお願いしていますが、職人の感覚だと、薄いと印刷ミスになるからと、どうしても濃いめに仕上がってきちゃう。だから顔を合わせて、「このくらい薄くしてほしい」と立ち会いしたりするんです。最初こそミスやズレはあれど、小ロットを続けてお願いするうち、安定してくる。そうしたらロットを増やしていく。
あとは、職人さんの都合にあわせて発注すること。納期を指定せず、「空いている時間につくってください」と言うと、職人さんは喜んで引き受けてくれる。そのかわりこちらは常に在庫を多めに持つ。実は2階のフロアはすべて倉庫にしているんですよ。

働くことと地域に貢献することが、自然と結ばれている。それは、広瀬さんの郷里では至極当たりまえのことだった。

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(上)オリジナルの封筒 (下)万年筆のインクも各色揃う。色のオーダーもできる

———実家は群馬で、60年以上、文具店を営んでいます。地元のひとに支えてもらうと同時に、地元のひとを支えるのが家業というもの。そうすることで社会的にプラスになり、仕事のモチベーションになるんです。

地域の力を借り、地域を支える。地元の職人と手を結んでものづくりをすることは、広瀬さんにとってごく自然なことだったのだ。
最近、広瀬さんは「カキモリ」の隣にある雑居ビルを借りた。1階に開いたのが、念願のインクショップ。お客さんが好きな色をブレンドして、オリジナルのインクをつくることができる。色とりどりのインクのなかから3色を選び、配合を指定する。自分だけの色をガラスの小瓶に詰めてもらうのは、胸が躍る。
ビルの上階には革小物作家やガラスメーカーがアトリエやショールームを開いた。入居者は全員、広瀬さんの知り合いだ。ここからまた、職人とクリエイターの新たな関係が結ばれていくだろう。