アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

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#21
2014.09

<ひと>と<もの>で光を呼び戻す 東京の下町

後編 愛着をもって、蔵前に根ざす
7)織りの場所から広がったコミュニケーション
グラフィックデザイナー セキユリヲさん

グラフィックデザイナーのセキユリヲさんは、2011年、隅田川のほとりに佇む古いビルの3階にアトリエ兼ショールームを構えた。
衣食住のものづくりを提案する「サルビア」をスタートさせたのは、2000年のことだった。ここでセキさんは、自らデザインしたテキスタイルを使い、伝統工芸や地場産業の職人と提携して生活用品をプロデュースしてきた。

セキユリヲさん

セキユリヲさん

———2009年から2010年にかけての1年間、テキスタイルを本格的に学ぶためにスウェーデンに留学しました。布全般を学びながら自然のなかで生活をしていくんです。そこで手に入れた手織り機をどうしても自分の生活に導入したいと考えたんですね。織りって、メディテーション(瞑想)みたいなんですよ。ずーっと織っていると心が鎮まっていく。しかも経糸と緯糸の組み合わせの算数的なルールに従ってデザインしていくのが面白い。帰国してからも、織りの時間をどうしても取り入れたかったんです。

無垢の木を材にした、本格的な織機だ。ずっしりと重く、しかも織機だけで4畳半ほどのスペースをとる。さすがの大きさに、青山にある事務所にも自宅にも置くことができなかった。新たに広い場所を借りる決意をしたとき、「どうせならサルビアの拠点をつくったらどうだろう」と思いついたのが、ショールーム開設の発端なのだという。
知人に紹介されたのが、今の物件だった。窓から、隅田川のゆったりとした流れが見える。屋台船が時折水面を揺らして過ぎていく。川べりには小さな木舟が杭につながれ、水音をたてている。この景色に見入って、即座に借りることを決めた。

———ここはわたしがつくるための場所だけど、せっかくサルビアの拠点ができたのだから、自分たち以外のひとにも開放したいと思いました。とはいえ毎日お店を開けるのは難しい。ならば月に一度だけお店を開こうと、毎月第1土曜に「月いちショップ」を始めたんです。

これは新鮮な時間だった。デザインの仕事はクライアント相手だから、出会うひとも決まっている。けれどもショップは、思いもかけない出会いがある。エレベーターのないビルの3階、はたしてどれだけひとがくるのか未知だったが、ウェブサイトで知ったひとたちが次々と訪れ、使い手たちの生の声にふれる機会が増えた。

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窓の向こうに隅田川が流れている

———月いちショップを始めて1年くらいたつと、お客さんから「ランチはどこがいいですか」「SyuRoさんはどこですか」などと、聞かれるようになったんです。でも、それをことばで説明するのが難しい。だったら地図をつくったら、お客さんたちに親切かなと思ったのね。それに蔵前界隈の楽しいところは、路地なんです。決して大型店舗はないし、チェーン店もない。でも、ビルの2階や3階に小さなお店がいっぱい隠れている。何屋さんなのかわからないお店もある。そこが楽しい。

こうしてセキさんやスタッフが好きな店を地図にまとめ、定期刊行している冊子に掲載したところ、評判となった。掲載されたお店を回りたいというお客さんの声も多く、ならば、とセキさんが考えたのが「月イチ蔵前」のイベントだった。月に一度、それぞれのお店がその日かぎりの小さなイベントを開き、セキさんはそれをマップにまとめて、それぞれの店がお客さんたちに配ってはどうか、と。

———青山の事務所界隈では、ご近所づき合いはありません。デザイン事務所って、基本的にはクライアント以外のひとが来ることはない場所だから。でも蔵前では、お店のひとたちがみんな仲良しで、ご近所同士の集まりも多いんです。そんなこともあって、「月いちショップ」をうちだけで続けるのはなんだかさみしいなと、知り合い10軒ほどに声かけをしました。

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(上から順に) 毎月変わる「月イチ蔵前」の地図は、コレクターもいるほどの人気。小冊子『季刊サルビア』でも蔵前特集を組んだ / 毎月第1土曜のみにドアが開く / サルビアのテイストがすみずみまで発揮されている / 小冊子『季刊サルビア』やオリジナル商品を手にして、セキさんやスタッフと話せる機会でもある

(上から順に) 毎月変わる「月イチ蔵前」の地図は、コレクターもいるほどの人気。小冊子『季刊サルビア』でも蔵前特集を組んだ / 毎月第1土曜のみにドアが開く / サルビアのテイストがすみずみまで発揮されている / 小冊子『季刊サルビア』やオリジナル商品を手にして、セキさんやスタッフと話せる機会でもある