8)理想と現実のギャップ
ここまで、3年半のあいだに起こった活動の一端を、利用者を通して紹介してきた。これだけでも多彩で、公民館らしい感じがするのだが、じっさいには数多くのイベントやワークショップ、展示や勉強会などが行われている。1階のカフェには常連がいるし、さまざまなひとが利用し、近所の方々との交流も生まれ、小学生が学校帰りに立ち寄るようにもなった。S・Kファン、あるいはS・Kの心のサポーターはほんとうに多い。
しかし、利用者が増え、コンテンツが充実していくことと運営状況は残念ながら伴っていない。S・Kはスタートして以来、運営面では厳しくなるいっぽうなのだ。
率直にいうと、問題は人手不足と財政難である。
S・Kを始めようというとき、目指していたのは、独立した経済活動だった。小さな経済がきちんとまわる組織が成り立つことを、身をもって実現してみたかったという。
———最初から、ひとりふたりは雇用したいと思っていたんです。こういう活動をしていても生活ができるということを理想にしていたのですが、それを最初から、しかも3人(hanareメンバー2名含む)雇ってやろうとしたので、スタッフひとりひとりの負荷がものすごく大きくなってしまって。無理して病気で倒れたり、あるいは妊娠・出産のような、ある意味予想外のことが起こってできなくなったり……。そうなると、ただでさえやることが多いのに、スタッフひとりひとりのの負担がものすごく増えてしまったんです。(山崎さん)
とくにカフェの体制はなかなか固まらなかった。ようやく軌道に乗ったかと思えば、また一からやり直し、というようなことが続いた。カフェはS・Kの顔でもあり、「食」を大切にするS・Kの中心的な存在なのだから、それは頭の痛いことでもあった。
また、“予想外”の事態は、「公民館」を掲げたことによっても起こった。
———「21世紀公民館」というコンセプトが拡大解釈されて、よろず相談所のようになってしまったんですね。僕たちはNPOになってますから、公民館で仕事しているとなると、ふつうの仕事としてではなく社会活動で貢献していると思われて、アポイントもなくふらっとやってきて、話を聞かせてくださいという人が後を絶たなかったんです。(山崎さん)
さまざまなひとが出入りする場であればあるほど、関わり合いかたも複雑になり、時間も労力も必要になってくる。それは話を聞きたいとやってくる方たちに限らず、S・Kの利用者にしてもそうだ。
つまりは、人手も少ない、S・Kの活動による収入はごくわずかという状態で、S・Kを運営するにはスタッフそれぞれが収益事業によって収入を得るしかないのに、そのための時間がほとんど取れなかったのだ。
もちろん、興味を持って訪ねてこられる方や利用者の方々とは、できるだけきちんと話がしたい。だからこそ、hanareメンバーにとっては、まさに板挟みのような状況であったと思う。
オープンしてからこれまでの運営に関しては、S・Kサイトの「サバイバル」という項目で包み隠さず公開されている。運営の理想とともに、じっさいの組織のありかたから収支の数字に至るまで、「始まってからずっと失敗の連続」(須川さん)という状況がリアルにレポートされているのだ。
スタッフが安心して働ける環境。なるべく多様な収入源を確保する。お金に頼らないひと・モノのネットワークをつくる。S・Kのような場の運営モデルを構築する……。そんな社会であってほしいと多くのひとが願うような、真っ当なことを目指していたはずなのに、しょせんは理想でしかなかったのだろうか。新しい組織のありかたや働きかたをつくろうとしても、現実とのギャップは思っていた以上に大きい。
さんざん悩み、考えながら、根本的なところhanareメンバーは立ち返り、話し合いを続けている。真っ当なことが実現されない社会とはいったい何なのか、S・Kのような存在は必要ではないのか、と。
2013年5月、かなりシビアな「もう続かない」という状況を乗り越えてからは、自分たちを始め、S・Kで誰かを雇うことをやめてみた。現在カフェはレンタルというスタイルを試みていて、水曜から金曜までの3日間は「食堂haco」が、不定期で月1〜2回「喫茶文九」がオープンしている。現状では、3階のシェアオフィスとカフェレンタル収入で、家賃や光熱費など、最低限の運営費は何とかまかなえる。ひとまず大ピンチは脱したかたちである。
だからといって、これで安定というわけではない。誰も雇わない(人件費にお金が出せない)となると、毎日S・Kをオープンしていることが難しく、できることも限られてくる。試行錯誤はこれからも続く。