5)民間の頭脳と公の心
コミュニティスペースを目指し、調べ物に対応するだけでなく、知的関心を刺激し、この場所で検索ワードそのものを発見してもらう。そのような空間にとって来館者数がイコール成果ではない。数字よりも「誰がどのように利用してくれたか」というエピソードこそが重要な評価基準となる。それは現場の人間にしかわからないことでもあるのだ。井上館長はこのように語る。
———このあいだ徳島大学の先生がご夫婦で視察に来られて、私との待ち合わせのあいだにホールで写真を撮っていたら地元の方が寄ってきて「取材かなんか?」って聞いてきたんですって。「違います」って言ったら、「このホールすごいよなあ。綺麗だよねー」って褒めておられたそうです。先生からその話を聞いたとき、とてもうれしかったんです。グッドデザイン賞はデザインを評価されたんですけれど、賞のことを褒めるんじゃなくて、市民のみなさんがこの場所を気持ちがいいとかすごいって思うっていうことのほうが確かな評価というか、私にとってはそちらのほうがうれしかったですね。
この図書館には基本的に禁止事項がない。館内での会話も自由、飲み物の持ち込みも、子連れでのイベント参加も自由。そのような場は押し付けのルールではなく、参加者側のマナーを期待することでしか維持できない。当初司書をはじめとする館内のスタッフからは反対意見が続出し、ルール化を求められたという。しかし井上館長はルールではなくコミュニケーションを皆に求めたという。
「ダメだと言わないで、ダメな理由を説明してあげてください」
これを続けた結果、高校生や子連れの利用者のマナーは少しずつ向上し、司書や館員たちとのコミュニケーションも少しずつ増えたという。
簡単なようでいてなかなかできることではない。組織は規模が大きければ大きいほど、個人の裁量は目減りし、例外は受け入れがたくなる。対話や思いやりで問題を解決するには経験と能力が不可欠だ。館長の方針は、話題性や来館者数という即時的な成果ではなく、長い時間をかけて、図書館側、そして利用者側も成熟していこうという姿勢の現れでもある。
この姿勢があってこそはじめて、ニーズを生み出すというアイデアが地に足がついたものになる。民間の頭脳でもたらされたグッドデザインを活かし、市民に楽しんでもらうのは公の心。都城市立図書館はこの2つが融合して成り立つ稀有なバランスを持ったコミュニティスペースだった。
都城市立図書館
http://mallmall.info/library.html
マナビノタネ
http://www.manabinotane.com/
取材・文:堀部篤史(ほりべ・あつし)
1977年、京都市出身。河原町丸太町路地裏の書店「誠光社」店主。経営の傍ら、執筆、編集、小規模出版やイベント企画等を手がける。著書に『街を変える小さな店』(京阪神エルマガジン社)ほか。
http://www.seikosha-books.com
写真:平野愛(ひらの・あい)
1978年、京都市出身。フォトグラファー。住まい・暮らし・人の撮影から執筆まで行う。2015年よりUR都市機構のウェブマガジン「OURS. Karigurashi Magazine」の企画運営や無印良品 Open MUJIにて展示コーディネートなども手がける。2018年4月、6つの引っ越しに密着した私家版写真集『moving days』を刊行。
http://photoandcolors.jp
編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。近刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。