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アネモメトリ -風の手帖-

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#66
2018.11

これからの図書空間

1 群馬・太田市美術館・図書館

4)決めごとから自由な「しかけ」

設計過程、建築物の構造、美術館と図書館。それぞれ縫い目のない構造を持つ太田市美術館・図書館だが、肝心の書架にも従来型の図書館が手放せずにいた、仕切りを取り払うような試みがなされている。
一般的な図書館は、日本十進分類法に基づいた種類別に分けられたうえで、著者名のあいうえお順によって並べられることが多い。この分類法によって、ルールさえ把握すれば誰もが目当ての本にアクセスできる。しかし、インターネットが普及した現在、もはや「探しやすさ」は本と出合ううえで重要ではなくなりつつある。欲しいものがはっきりしている場合、ウェブ上で検索さえすれば、図書館や書店まで足を運ぶまでもなく本は入手できる。本を読まずとも必要な知識は部分的にウェブ上で閲覧できてしまう。しかし万人に開かれていることを前提とする多くの図書館は、従来の分類法から離れることができない。
ところがこの図書館では、螺旋状に連なる本棚の並びも独特だ。「総記・哲学」、「建築」、「文学」など棚に設置されたボックス型のインデックスこそあるものの、その内容はあいうえお順から軽やかに開放されている。コンピュータやプログラムの専門書の横に、『AIは人間を超えるのか』という読み物が並び、アートブックのコーナーに、レオ・レオーニやブルーノ・ムナーリのようなデザイナー出身の絵本作家、あるいは多くの分野で活躍したジャンル分けしにくい作家がフォローされている。ピンポイントで本を探してもらうのではなく、館内を回遊し、本棚の並びを観ることによって、知識を深めてもらうしかけがなされているのだ。

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この棚の並びを一瞥した専門家から、「ここは図書館ではない」と指摘されたこともあったそうだ。専門家からすれば異様な並びに見えるかもしれないが、蔦屋書店のような大型店や、昨今の独立系書店を知る市民感覚を持つひと達にとってもはやこの「編集された棚」に違和感を抱くひとは決して多くはないだろう。こうでなければならない、という決めごとがいかに図書館や書店を前時代的な空間に留めてきたのか。

ここを訪れ、図書と美術の森を周遊するうちふと目にとまった本を、すぐ側に設置されたソファで閲覧し、検索するすべさえ知らなかった本と受動的に出合う。検索とは反対のベクトルを持つこのような体験は、空間に足を運ぶことでしか得ることができない。ずっしりと重いアートブックは持ち帰るのではなくその場で読み、美術館に足を踏み入れるようにたのしむ。このような空間は貸出率のような数字では評価することができないだろう。そこを訪れるひとたちが、意識せずして美術や書物の世界に足を踏み入れる。その体験は数値化できるものではない。

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館内のいたるところで本が読め、屋上に持っていくこともできる。四角いキューブは夜になると光る

館内のいたるところで本が読め、屋上に持っていくこともできる。四角いキューブは夜になると光る

3階のリファレンスルーム。地元出身の美術評論家・針生一郎が残した蔵書もある

3階のレファレンスルーム。美術評論家・針生一郎が残した蔵書もある

太田市美術館・図書館
http://www.artmuseumlibraryota.jp

取材・文:堀部篤史(ほりべ・あつし)
1977年、京都市出身。河原町丸太町路地裏の書店「誠光社」店主。経営の傍ら、執筆、編集、小規模出版やイベント企画等を手がける。著書に『街を変える小さな店』(京阪神エルマガジン社)ほか。

写真:高橋 宗正(たかはし・むねまさ)
1980年生まれ。写真家。『スカイフィッシュ』(2010)、『津波、写真、それから』(2014)、『石をつむ』(2015)、『Birds on the Heads / Bodies in the Dark』(2016)。2010年、AKAAKAにて個展「スカイフィッシュ」を開催。2002年、「キヤノン写真新世紀」優秀賞を写真ユニットSABAにて受賞。2008年、「littlemoreBCCKS第1回写真集公募展」リトルモア賞受賞。

編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。近刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。