アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#64
2018.09

生活と表現が育まれる土壌

前編 生活工房の日常 東京・世田谷区
3)「工房」である理由

こうした企画は、どのように生まれているのだろうか。竹田さんは、日々の「ん?」というちょっとした違和感が企画の種になっているという。そして、まずその問題について一緒に考えたいひとに声をかける。その相手は、アーティストや研究者などさまざまだ。そして、解決するためにどういった方法があるかを話し合うところからはじめる。
生活工房は、「展覧会」「セミナー / イベント」「ワークショップ」「地域と市民活動」という4つの方法でアプローチしていると書いた。けれども、その方法は企画段階では決まっていない。メンバーとの対話を通じて徐々にその道筋を描いていくのである。たとえば、ワークショップを5回やって、それによって解決の方向性が見えてくるとする。そうしたら、それを広くひらくために展示という方法を用いるというような具合だ。4つの方法のどこに行く可能性もありうるし、始めたときはまだ何をやるかわからない。まさに、「工房」である。
工場は、つくるものがあらかじめ決まっていて、それを効率よく生産するためのラインが設計されているのに対して、ワークショップの語源である「工房」は、何をつくるかは最初の段階で決まっていない。ひとがいて、道具があって、ちょっとした制限があって。その状況のなかでさまざまなことに影響を受け、自らもその場に影響を与えながら徐々に「何か」が生成されていく。試行錯誤や失敗もOK。そのプロセスそのものが、暮らしを見直すことにつながっていくのである。ひとつの企画が枝分かれして、ほかの展示やワークショップにつながっていくこともある。そんなふうにして、長いものは3年かけてじっくりリサーチや対話をしながらプロジェクトを育てていくそうだ。大事なことはどうしたって時間がかかる。

バックヤードには、数え切れないほどの工具が使いやすいように整理され、工房としての機能を高めている。「自慢の場所です!」と竹田さんが案内してくれた

バックヤードには、数え切れないほどの工具が使いやすいように整理され、アーティストやデザイナーたちと試作をしながら、企画をつくっていく。展覧会のパネルやバナーなどは、現場に合わせて、ほとんどがこの場所から生み出される

自分や相手、社会など、さまざまな影響を受けながらつくっていくなかで、やはり2011年の東日本大震災と東京電力第一原子力発電所事故は、大きな出来事だったという。

——3.11以降、人間がどう生きていくか、本当に何もなくなったときに人間の力はどのように発揮できるのかということを考えるようになりましたね。今日の天気を調べるにも空を見ないで、スマホで調べる。世界はどんどん間接的になっていて、災害が起きたとき急に世界が直接覆いかぶさってくる感じがありました。
わたしは最近、雑草を抜くときはゴム手袋をしないようにしているんです。ゴム手袋をすると一気に罪悪感がなくなっちゃうんですよね。素手でやるとグッと力が入るし、ブシュッて雑草の液がかかったりして、「ああ、ひとつ殺してしまったな」っていう感覚がある。手袋一枚で世界との距離が違う。そう考えると、スマホはかなり遠いと思うんですね。遠いからこそ想像する力をつけていかないといけない。
直接触れ合うことと、遠くに思いを馳せることの両方をやっていくことが、人間の生きる力につながっていくように思います。