アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#6
2013.06

市と、ひとと、まちと。

前編 高知の日曜市
4)日曜市を歩く “市ならでは”の品質

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(上から)

(上から)土から堀り出したばかりというかたち / 香り高くフレッシュな味わい。筒井延代さんの美味しそうなレシピアドバイスもうれしい / 手づくりこんにゃくのなかでも一番の味だそう / 全国的にも珍しい有機JAS取得、無農薬栽培のしょうがでつくった「土佐山ジンジャエール」/ とびきり美味しいくだもののみを置く「土居青果店」の土居紀子さん

「出店されておられる方は生産農家の方が多いですね」
歩きながら森岡さんが言う。出店者は県内の居住者であることが条件だが、出店数約430軒のうち、野菜などの農産物を扱う店は200軒にのぼる。高知は山がちであるため、農耕地面積自体は実はそんなに広くない。その代わり、限られた土地では温暖な気候のもと、色つやのよい、味の濃い野菜やくだものが育つのだ。ただし、放っておいて自然にできるわけではない。生産者の方々が丹精するから美味しくなる。あるいは朝採りして選りすぐってくるから、鮮度が高い。農作物も手間ひまかけてのクオリティなのだ。

そして、今回初めて知ったけれど、高知名産、あるいは生産高が全国有数といわれる作物の数は非常に多い。土佐文旦にしょうが、みょうがを始め、トマトになす、唐辛子。小夏などの柑橘類……。高知の食材というと、鰹やクジラなど海産物が思い浮かぶが、それだけではまったくないのである。

「ここは、雉が卵を産みにくるような、清らかな環境でしいたけの原木栽培をしているんですよ。眼下に雲が流れるような山の上で」肉厚でぽってりしたしいたけのかごが並ぶ店先で、森岡さんが教えてくれる。見るからに新鮮で、芳しい香りが立ち上ってくるようだった。
「魚のすり身をぺぺっとかさに貼って、天ぷらにしたらいいき……あぁ、わたしが食べに行きたい」「さっとあぶって、新タマネギと合わせるだけでいいき」 売り手の筒井延代さんのアドバイスがまたいい。売っているしいたけに自信があるからこそのセールストークだ。買って帰って料理してみたら、台所に匂いが立ちこめるほど香り高かった。

これに限らず、市ではとびきり質の高い農産物に巡り会える。「ここは美味しいですよ」「しっかりつくってるんですよ」森岡さんが勧めてくれるお店には、たいていひとだかりができている。
家の畑で育てたこんにゃく芋を、20日ほどかけ、じっくり乾燥させてつくるこんにゃく。代々続く果樹園で育てたぶしゅかん、直七など他ではなかなか手に入らない柑橘果汁100%の酢。高知県特産鶏「土佐ジロー」の卵。新鮮などろめ(いわしの稚魚)を水揚げし、すぐさま手作業で茹で上げるちりめんじゃこ……。市の常連さんたちは、誰が美味しいもののつくり手か、あるいは質の高いものを揃えているのか、よく知っている。

市は安くて美味しいものが手に入る、というイメージが一般的だが、質の高いものは決して安くはない。むしろスーパーの価格などより高めであるかもしれない。

選びぬいた野菜やくだものを仕入れて売る「土居青果店」で試食をさせていただいた。小粒のフルーツトマトがひとつ200円! 驚いていたら「まあ、食べてみて」と丸ごとひとつを渡された。かじってみると、びっくりするほど甘く、味が濃い。これまで食べてきたトマトは、いったい何だったのかと思うほど。「食べてもらうとわかっていただけるんですよね」おかみさんが穏やかに微笑みながら言う。
トマトだけでなく、小夏やせとかなど柑橘類も同じだった。甘く濃く、エネルギーを感じる味だ。森岡さんおすすめの他の店でも、ぶしゅかん酢やらちりめんじゃこやら、いろいろ味見させてもらったが、いずれも、知った味とはまったく似て非なるものだった。素朴な力強さのあるぶしゅかん酢。ふわっとしながら、こくのあるちりめんじゃこ。本来の味が引き出され、旨みが凝縮されているのだろう。多少値が張ったとしても、納得なのである。