アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#6
2013.06

市と、ひとと、まちと。

前編 高知の日曜市
3)日曜市を歩く “手づくり”と“手間ひま”
森岡眞秋さん。3代前の街路市係長

森岡眞秋さん。3代前の街路市係長

パンフレットと充実した内容の冊子。各店の番号まできちんと明記されている

パンフレットと充実した内容の冊子。各店の番号まできちんと明記されている

手づくり寿司の名人、今井美弥子さん

(上から)手づくり寿司の名人、今井美弥子さん/

(上から)手づくり寿司の名人、今井美弥子さん / 今井さんのお寿司のなかでもとびきりの味「竹の子寿司」

日曜市の特徴のひとつは、高知市を代表する名物でありながらも、訪れる客は地元民の割合が多いところだろう。具体的には県外からが3~4割に対して、高知市及び県内がだいたい6~7割。市のようすを見ていても、明らかに観光客向けの、いわゆるお土産物の店などはあまり見当たらない。また、地元の方たちも行列をつくって屋台に並ぶし、生活必需品を買っていく。

市のなかほどで、無料でもらえるパンフレットがある。これを見ると、日曜市がどれほど地元に根づき、愛されているかが伝わってくる。市名物の旬の食材に、売り手のおばちゃんたちの料理のレシピ。つくり手のインタビューや現場の取材、市の歴史、さらには一軒一軒の番号と「野菜」「すし、まんじゅう」など扱うアイテムを記した完璧なマップまでついている。

そして何より素晴らしいのは、出店者の老若男女が主役として数多く登場することだ。どこに住み、何を、どんなふうにつくっているか。どんな気持ちで市に出し続けているか……。土佐弁で語る、ふだんのすがたがたっぷり紹介されている。畑で山で、あるいは浜で、ていねいな仕事をしていることを知ると、そのひとに会いに行き、つくったものを食べたいと思ってしまう。自家栽培の農園で採れた果汁100%のみかん酢に、たったひとりで徹夜でつくってくる田舎寿司。子どものように手塩にかけた真っ赤なトマト……。

そんなだったから、今回の取材は大変楽しみでもあった。そのうえ、頼もしい案内人も現れた。市を運営する*高知市の職員で、平成16年から18年まで日曜市を担当されていた森岡眞秋さん。取材前日の夜にぐうぜん出会い、ご案内しましょうか、と申し出てくださったのである。

青空の広がる、4月最初の日曜日。市の東の入り口で、午前8時に森岡さんと待ち合わせる。このぐらいの時間が店も揃ううえ比較的込み合わないので見やすいのだそうだ。市に入ってまもなく、田舎寿司の台の前で森岡さんが立ちどまる。「この方の作るお寿司はきれいなんですよ」巻き寿司の海苔のように、竹の子をくるりと巻いた竹の子寿司。こんにゃくを兜のように酢飯にかぶせたこんにゃく寿司。まだものを見始めたばかりで、比較対象はないけれども、たしかにひとつひとつがとてもきれいにまとめられている。ちなみに竹の子寿司のほか、みょうがにどんこしいたけ、“りゅうきゅう”(ずいき)、お稲荷さんに卵を海苔に見立てた卵の巻き寿司などもある。すべてひっくるめて「田舎寿司」と呼ぶそうだけれど、彩りもきれいで、かわいらしい。ちなみにつくり手の今井さんは全部ひとりで手づくりしていて、土曜から日曜朝にかけては、毎週徹夜で(!)用意してくるのだという。

“手づくり”はこの市のキーワードのひとつである。旬のもの、地のものを使って、たとえば今井さんの場合であれば、米や野菜も自家栽培。手間ひまかけたていねいな素材を「つくりだち(つくりたて)を食べてもらいたいき」という一心で料理してくる。素材がよく、つくり手もよく、誠実さがある。そんな食べ物が美味しくないわけがない。今井さんの田舎寿司は朝早くから飛ぶように売れていた。

* 正確には、市を運営するのは高知市と街路市出店者(業種などごとに5つの組合を組織)である。