4)「できること」が見え隠れするもどかしさ
——長江青さんに聞く(2)
帰国してまだ1年ちょっとにもかかわらず、尾道で子育てをしながら、精力的にデザイン活動も続けてきた長江さん。が、その一方で、デザイナーとしてもどかしさを感じることもある。
———「できること」が見え隠れするんですよね。できるんだけど思ってたようにはできないとか、参加したけど前のようには参加できないとか。「ベルリンにいるからできないだけ。日本に帰ればできるはず」と思っていたことが、実は現状の日本を知らずに勝手にいい方へと考えていただけだったんだな、ということに気づかされました。もちろん子育て中であることも一因なんですけど、私の場合、仕事が関東圏で起こることが圧倒的に多いので、「自分がそこにいない」ということがやっぱりすごく大きいんだなと。例えば都会だと、さまざまな刺繍の糸が1ヵ所に集めてあって、ほしい時にすぐ見て選べる場所がありますよね。それが、ここだと通販になってくる。もしくは直接見ようと思うと、1時間以上かけて新幹線で広島まで出ることになる。通販か遠出すれば手に入るけど、「今日、明日中にほしい」という瞬間にはないとなると、とりあえず買っておいてストックしておくとか、デザイン以外の工夫がいろいろ必要になってくるんですよね。アーティストである夫にとっては今の環境や体験が将来の作品づくりに影響するかもしれないと思うと楽しみですし、私のデザイナーとしての活動もそこに乗じていければいいんですけど、アーティストとデザイナーにとってやりやすい土地は、実は全然違うんだなと尾道に来て気づかされましたね。
実は今回、アネモメトリの尾道の特集に登場することにためらいがあったという長江さん。ここにずっと住むかどうかを、まだ決められずにいるからだ。
———尾道に来て、自分は何かをかたちにして、それを外の方に見てもらいたいという欲求が強くあるんだ、ということを再確認できました。友達のなかにはデザインとかクリエーションの仕事をしていたけれど、今は家族との生活を最優先にして家庭菜園を楽しんでいるひともいて、そういう姿に憧れを持つ気持ちもどこかにあるんですけど、やっぱり自分はそうはなれないなと。自分が刺激を受けながら伸びていけると感じる環境で仕事する喜びってあるじゃないですか。それを欲する気持ちが自分のなかでより明確になりましたね。
リアルな言葉だと思った。生きる場所を選ぶことは生き方を選ぶことであり、立ち止まって考えざるを得ない局面となることは間違いない。しかし、豊かな自然に加え、都市機能や文化的素地が整っている尾道のようなまちであれば、結果的に仮住まいになったとしても、次の一歩を踏み出す力を十分にたくわえることができるのではないだろうか。そして地元にとっても、移住者が蒔いた種が思わぬかたちで実を結ぶこともあるはずだ。
長江さんも、因島や福山で革の縫製工場を発掘したり、同じく福山に大手ビーズ・メーカーの本社があることを発見したりと、尾道界隈の知られざる部分を精力的に開拓し続けている。最後に長江さんが、尾道についてこんな話をしてくれた。
———新しく何かを始めるという方にとっては、尾道はすごくいい場所じゃないかなと思います。物件などのコストがかからない割には、外からひとが来てくれる観光地でもあるので、表現する場がほしいひとだったら、見てもらえるチャンスが多いはず。旅先ってみなさん、気持ちがすでにオープンかつ肯定的ですし、そういうなかでプレゼンテーションできるっていうのはとてもいいことだなと思いますね。若い時にこういう場所に出会えるのは、うらやましいなと思います。
「私も来年はもうちょっとうまく話せている自分であるといいですね」と長江さんが微笑んだ。
尾道には、昔も今も、旅の途中のひとを立ち止まらせる磁場があるようだ。小説『放浪記』で「私は宿命的に放浪者である」と書いた林芙美子ですら、自ら学費を稼いで女学校に通った尾道については故郷のようになつかしんだ。逆にいえば、住んでいても旅しているような風通しのよさが、このまちにはあるのかもしれない。
次回は、尾道の山手側を舞台に、空き家の再生活動を行う地元出身の女性、アーティスト・イン・レジデンスを運営する男性たちに話を伺いながら、「住んでいるけど旅しているようなまち」としての尾道像に迫ってみたい。
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取材・文:姜 尚美
編集者、ライター。出版社勤務を経て、現在はフリーランスで雑誌や書籍を中心に執筆活動を行う。
著書に『あんこの本』『京都の中華』、共著に『京都の迷い方』(いずれも京阪神エルマガジン社)。
写真:石川奈都子
写真家。建築、料理、プロダクト、人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品発表も精力的に行う。撮影を担当した書籍に『而今禾の本』(マーブルブックス)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)『脇阪克二のデザイン』(PIEBOOKS)『Farmer’s KEIKO 農家の台所』(主婦と生活社)『日々是掃除』(講談社)など多数。
編集:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。近刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。