3)不思議なキャラクターたち
「コントロールしてる気になってるのに、自分のこともわかっていないひとたちです」(ほし)
細馬 お父さんの浮気がばれるというか、お父さんが実は自分の会社のひとと付き合っていることを認める場面があるじゃないですか。
ほし ありますね。「(付き合っている女性と)別れようか?」って。
細馬 あれね、僕が衝撃受けたのが、ほぼ3コマなんですよ。お母さんが「あなたの事見たわよ」で1コマ、で、2コマ目でもうお母さん、話そらすの。で、3コマ目で「別れようか」「ううん いいよ別にどっちでも」。この3コマだけでものすごく進むんですよ。何なのこの速さ!
ほし お母さんはそのとき、ひとりで勉強みたいなことをしてるんですよね。
細馬 そう。2コマ目でまるでどうってことないみたいにすぐ勉強に戻っちゃうのね。そもそも1コマ目で「あなたの事見たわよ」っていうのも、誰といたっていうのを全く言わないじゃないですか。ただ「あなたの事見たわよ」ってお母さんが言って、お父さんが「声かけろよ」って。この2つのセリフを見ても、浮気がばれてるっていう感じがしない。でも「一瞬考えたけど、邪魔しないほうがいいかなって思っちゃった」ってところで、誰のこととは言っていないけど、邪魔しちゃいけないようなシチュエーションをわたしは見たって言ってる。この1コマだけでものすごく話が進んでるなって思う。
で、お母さんがすぐに話を変えるんですね。つまり、あなたあの女誰なのよとか、ふつうは火曜サスペンス劇場があるわけだけど、それがない。「わたし今日ブラブラしてたから、少しがんばるね」って話を変えているところに、お父さんがいきなり「別れようか?」って。それに対してお母さんが「ううん。いいよ別にどっちでも」って。この3コマの展開は衝撃を受けましたね。『きょうの猫村さん』の勤めているおうちも複雑ですけど。ほしさん、わりとさらっとエグいこと描くよね。
ほし エグいですよね。
細馬 しかもこの夫婦ってものすごい先読みしていきますよね。この2人のこの3コマって、ふつうのマンガやったら何ページもかけないと論争が収まらないはずなのに、お互いに相手の言っていることの2つぐらい先に対して返答している。その2つのなかに論争とか大ゲンカの種があるはずなのに、全部スキップしている。この周到さってたぶん、りくにとっては厳しい。これがたぶん彼女が泣けない理由、逆に好きに涙をコントロールできる理由なのかなって思いましたね。
ほし この3人はコントロールしてる気になってますよね。スマートなふうに「わたし理解のある感じだよ」「僕は君に隠しもしないよ、正直だよ」みたいな感じにしてて、「別れたほうがいいなら別れるよ」「ううん。わたしそんな裁量の狭い女じゃないわよ」って。りくも「わたしは好きなときに泣けるし、ママがそう思ってるなら、そういうふうにできる」って、みんな理解したひとみたいな気分でいるけれど、誰も本質的なことは全然理解できていなくて、自分のこともわかっていないっていうひとたち。
細馬 よくそんな不思議なキャラクターのひとを描いたね。りくにしても、内野さんが家に来たとき「ママのしてほしいことをしてあげる」っていきなり小鳥をきゅって握っちゃうでしょう。あれもステップが2つか3つ飛んでるんですよ。いきなり小鳥をきゅっとやるのって、もっとそこに至るまでの説明が必要やし、それは、この小鳥は一体誰が買ったの? とか、買ったひとに対してママはこういうふうに思っているとか、そのひとがうちに来て和気あいあいと話してて腹立たないの? とか、そういうのを10ページか20ページぐらいかけないと説明できない。彼女はいきなりそれを飛ばすね。ママがそれまでの内野さんとパパとりくと自分との会話を全部すっ飛ばして「デザート出すわ」っていう怖さに通じるね。ママもパパもかっこつけてすっ飛ばすひとだけど、同じようなことをりくもやっているような感じがしましたね。面白い。