アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#51
2017.08

横道と観察

前編 細馬宏通 「枝豆理論」で生きてきた
4)分析のための「道具」を携えて。たとえば「一本まつげ」

———ホソマさんが外に向けて何か書いたりした最初は、パソコン通信時代になりますか。

そうですね。パソコン通信では原稿用紙2、3枚のボリュームの文章はしょっちゅう書いてました。今のブログみたいな感じですね。創作ということで言うと、90年代後半に「かえるさん」というキャラクターで、『かえるさんレイクサイド』というウェブ絵本を描いていて。琵琶湖畔に住んでるかえるさんが、ぼんやりしてるといつもくだらない事件に巻き込まれるっていう、オチのない話。30話近く続けたかな。
だから、ネットがなかったら、だいぶ人生違ったかもね。わたしは基本受身だから、人前で何かすることのハードルが高い時代は、あんまり外に出ていけなかったと思うんですよ。ところがパソコン通信とか、知り合いに入れって勧められて入ってみると、すごく垣根が低かったんだよね。

———ホソマさんはNHKの朝ドラ『あまちゃん』放映のときはブログを書かれてたし、つい先日も『この世界の片隅で』について、映画とマンガ原作の両方をブログで論じていたり、もちろんツイッターもやっておられて。SNSなんかで日常的に発信されていますよね。

ネットもそうだけど、コンピュータが出てきて、これは便利なものがきた、と。昔、小説めいたものを書こうとしてたとき、原稿用紙を何枚も無駄にしてもったいないなって思っていたけど、コンピュータだといくらでも書き直せる。しかも一から書き直したっていいじゃない。いよいよわたし向けの道具がきたと思った。これで書き続けられる、って。
だから、ふだんはパソコンどっぷりの人生になっちゃってるけど、なんか思いついたらやっぱりノートに書くのね。B5のノートにノンジャンルで、思いついた歌詞やそのとき調べてること、その日観た展覧会とか、ほんとに何でも。メモを5、6ページばっと書いてひとつ完結して、その続きに全然違うことを書くわけ。で、最終的に表紙に何を書いたか書いておけば、なんとかなるんですよね。ノートを使うときは、アイデア出しするときに集中的にガーッと書く感じだね。

『かえるさんレイクサイド』の一場面。絵はパートナーのYuko Nexusさんが手がけた。この連載中に作詞作曲した「ふなずしの唄」がきっかけで、ホソマさんは「かえるさん」として音楽活動を始めた

『かえるさんレイクサイド』の一場面。絵はYuko Nexus6さんが手がけた。この連載中に作詞作曲した「ふなずしの唄」がきっかけで、ホソマさんは「かえるさん」として音楽活動を始めた

スケッチとともに、ノートにメモを残す。この見開きは、リアスに春子、太巻……。NHK朝の連ドラ『あまちゃん』を観ていたときのもの

スケッチとともに、ノートにメモを残す。この見開きはNHK朝の連ドラ『あまちゃん』のもの

———これ、『あまちゃん』ですか? あまちゃんはほぼ毎日ブログを更新されていましたが、どんなふうに「発見」していたのでしょう。

放映を観て、iPadで録画もして、気になる場面のレイアウトとかを見直して、メモ取って、ずっと考えて書いてたね。最初に観ていいと思ったポイントは大事で、なんやかんや考える前に「ここと、ここ」って、見どころをぱっとピックアップしますね。ここにはきっと金鉱が眠ってる、運命の分かれ道って。あらかじめなぜすごいのかがわかってるかといえば、そんなことはないんだけど、なんかすごくいいことが起こってるとか、今わたしの目が全然追いつかないくらい速くて大事なことが進行中だとか、そういう手応えはわかるんです。

———「目が追いついてない」とは、見逃すというか、見ているのに気づいていないとか、そういうことでしょうか。

そうね。たとえば、まばたきのことが気になったとします。あのひとのまばたきのタイミングはなんか変だぞって思う。でも、まばたきってコンマ1秒単位のできごとだから、正確にその場で何が起こってるか気づくのは難しい。となると、撮影したりあとで分析したりしてそれを調べ直さなきゃねって話になるんです。それでようやく、何に気づいてなかったかがわかる。
ちょっと話変わるけど、最近、まつげの動きばっかり考えてて。マンガとアニメーションの『この世界の片隅に』をすごく掘り下げてネットに不定期で連載してたんだけど、ある日、「まつげ」は分析の道具になるぞって思いついたんですね。それを今朝まで書いてました。『この世界の片隅に』の主人公って、まつげがなぜか1本なんですよ。で、この「1本のまつげ」の動きを分析するには、まつげと目玉の指している方向が揃っているかどうかを分析しないといけなくて、それを記述するための言葉が必要になってくる。じゃあそれをつくろう、と。
僕らが視線を動かすとき、ふつうは目も顔もまつげもバサっと動くけれど、ときどき目だけこっちに向けて、「えーっ?」みたいな感じでズレが起こるときもある。で、マンガ表現は動画じゃないので、こういうふだんなら見逃すような一瞬のズレを「まつげと目玉がずれてる」という絵で表して、登場人物が急に別のことに気をとられた、などの表現をするわけです。
それは、原理的に「マンガのなかで、ひとの目玉がどこかに逸れていくことはどう表現されるか」を記述することになる。それを判定するための方法はマンガのなかにあるんだけど、理論化されてないし、記述されてこなかったと思うんです。

———そこは手探りで、なぜ? と思うことを掘り下げて、答えを見いだしていくんですね。

はい、手探りで。それも最初は「まつげはなんで1本?」みたいなところから始まるんだよね。そのことを原理的に考えていると、こういう組み立てが広がっていく。まつげはすごい広がりがあったんですよ。
……まぁ、飽きっぽいのにいったんハマるとしつこいんですよ(笑)。どうでもいいと思えることに対しても諦めが悪い。中学・高校のときからそうだから、考え続ける癖があるんでしょうね。

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B5ノートの表紙に、何についてメモしたかを書いておく / 数年前は、ネットプリントサービスを使って、新幹線で移動する時間を使ってミニコミもつくっていた。走り書きした原稿をちゃちゃっとプリントアウトした、即席の小冊子。2011年に福島のフェスに向かうとき、何かみんなに配れたら、と考えついた

B5ノートの表紙に、何についてメモしたかを書いておく / 数年前は、ネットプリントサービスを使って、新幹線で移動する時間を使ってミニコミもつくっていた。これはその元テキスト。走り書きした原稿をちゃちゃっとプリントアウトした、即席の小冊子。2011年に福島のフェスに向かうとき、何かみんなに配れたら、と考えついた

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自分からは動かないけれど、目の前に好物がやってきたら、ぱくっと飛びつく。
「かえるさん」はまさに、ホソマさん自身なのだった。好物は意外と多く、観るもの聴くもの動くもの、ともかく気になるものならなんでも。それらを仔細に観察し、ああでもないこうでもないと考え続ける。それがホソマさんの基本姿勢だ。さらに、そこからまた気になる「何か」が出てきたら、それを追いかけ、横道にどんどん逸れていく。要領とは無縁のところで、ホソマさんは自分をつくってきたのだった。

絵はがきからニョキニョキと派生したホソマさんの著書に『絵はがきのなかの彦根』がある。自身の住む彦根の絵はがきに残された小さな謎を手がかりに、実際の場所に足を運び、話を聞きながら、謎を解き明かしていく。かばんのなかに、絵はがきとノート、カメラを入れて。
ホソマさんは一風変わった探偵なのだろう。当て所ない旅を始めては、思わぬ獲物に出くわしたり、鉱脈を堀ってみたりとうろうろしながら、知覚の地図のなかに、新しい島を見つけていく。

次号は、ホソマさんと漫画家・ほしよりこさんの対話です。『きょうの猫村さん』で知られるほしさん独特の表現に、ホソマさんが迫ります。乞うご期待。

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帰りぎわ、イガイガした実を見つけたホソマさん。ついつい、「妙なもの」を拾ってしまうのだった

帰りぎわ、イガイガした実を見つけたホソマさん。ついつい、「妙なもの」を拾ってしまうのだった

インタビュー・文:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。近刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。
写真:成田 舞
1984年生まれ、京都市在住。写真家、1児の母。暮らしの中で起こるできごとをもとに、現代の民話が編まれたらどうなるのかをテーマに写真と文章を組み合わせた展示や朗読、スライドショーなどを発表。2009年 littlemoreBCCKS写真集公募展にて大賞・審査員賞受賞(川内倫子氏選)2011年写真集「ヨウルのラップ」(リトルモア)を出版。