4)さまざまな場がある、生きやすさ
最後に、東吉野村のもうひとりのキーパーソンについて、ふれておきたい。十数年前に、夫妻でこの村に移り住んだアーティスト、坂本和之さんだ。
和之さんは、坂本大祐さんの父である。北米とパリで長く暮らした和之さんは、大祐さんの山村留学を機に東吉野村を知り、2003年から生活拠点を移した。川沿いの静かな土地にアトリエを構え、日々制作活動に打ち込んでいる。その一方で、海外の友人アーティストや学生たちがやってくる「集い場」ともなっている。デザイナーの菅野大門さんや青木夫妻、写真家の西岡潔さんも、折にふれて和之さんの家を訪れる。
大祐さんはそんな父の、アーティストとしての生き方に影響を受けてきた。また、地方に住み、自分の仕事と生活を切りひらいてきた姿勢にも、学ぶところが多かったという。
雨の日に、和之さんのアトリエを訪ねた。突然の来訪にもかかわらず、和之さんは朗らかに招き入れ、温かいお茶をいれてもてなしてくれた。
アトリエには薪ストーブが据えられ、大きなベンチが炎を囲む。壁に沿って和之さんの作品が並び、制作中の絵もイーゼルに掛かっている。
窓の外では雷鳴が響き、力強い雨音と川音が響いてきた。
———万葉の地ですからね。植生がすごく豊かで、一木一草が全部生きている。川に行くと、太古の地層が表れている場所もあるし、今日みたいな大雨の日は、水中の岩が動いて、人間がつくり得ないような音が聞こえてきます。ここは、クリエイティブなひとたちにとってのサンクチュアリ。精神的なバックボーンになりうる場所だと思っています。
ありとあらゆる植物が共生するように、ひともまた、ひとりとして同じひとはいない。そのひとりひとりの個性を引き出してくれるのが、太古から続く土地の力だと思うんです。ここに永住しようなんて考えなくてもいい。1ヵ月であろうと、半年であろうと、そのひと自身が土地の力から何か感じて、得心すればいいと思うんですよ。
和之さんの「場」は、この地に暮らすひとの「心のよりどころ」となっている。訪れたひとたちは、和之さんのことばや周囲の自然から受け取ったものを、おのおのの力にしていく。
誰にでも開かれている場所ではないけれど、そこにはどこか、オフィスキャンプにも通じる風通しのよさがあるのだ。