アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#47
2017.04

移住と仕事のいま

1 商業デザイナー、坂本大祐さんの移住 奈良・東吉野村
3)すぐれたフィルターとなる「距離」

坂本さんは、闘病生活を終えたら再び大阪へ戻り、仕事に復帰するつもりだった。ところが東吉野村で静養するうち、心境に変化が生まれた。

———朝、両親が家の近くを散歩して、花を摘んで、部屋に飾ったりしているのを見て、はっとしちゃった。両親に比べて僕自身は、フィジカルな実感が薄いように感じたんです。

なぜ働くのか、何のために生きるのか。両親の日常と自らの生活を比較しながら、坂本さんは考え込んでしまった。
大阪にいたころは「たくさん稼がないと暮らせない」と思い込んでいたけれど、そのお金のほとんどが飲食代に消えていた。それも、多忙のストレスからくる過食だ。この生活サイクルを変えるには、環境を変えることが肝要だ。東吉野村には、山村留学後も毎夏泳ぎに来ていたし、中学当時の同級生も住んでいるから顔なじみも多い。故郷に戻るような懐かしい感覚で、ライフスタイルを変えてもいいかもしれない。
こうして坂本さんは思い切って、生活拠点を東吉野に移したのだった。東吉野在住、フリーランスのデザイナー。仕事は半分に減ったが、そこから生まれた余暇をゆっくりと過ごすうち、坂本さんは徐々に健康を取り戻していった。また、「遠距離になっても坂本さんに頼みたい」というクライアントが残ったため、結果として仕事の質が高められたことも、安心につながった。

———距離があるから、フィルターがかかる。イージーじゃないからこそもたらされる関係性や、仕事の密度があるんですね。

大阪の友人もたびたび遊びにくるようになった。そのなかのひとりがプロダクトデザイナーの菅野大門さん。坂本さんの両親と話をしたり、山や川の自然に触れるうちに、家族で東吉野へ移住することを決めた。
菅野さんの移住をきっかけに、坂本さんの仕事も、東吉野村のコミュニティも、大きく変化することになる。(続く)

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「オフィスキャンプ東吉野」のエントランスには、移住したクリエイターのつくったプロダクトや地元の名産品などを置く / 木材を切り出すときに出た木片を生かしてオブジェに / 奈良県内にある山添村産の和紅茶 / 2階もさまざまに利用されている / 東吉野村の小学生が訪ねてきて、後日送ってくれたかわいい手紙

「オフィスキャンプ東吉野」のエントランスには、移住したクリエイターのつくったプロダクトや地元の名産品などを置く / 木材を切り出すときに出た木片を生かしてオブジェに / 奈良県内にある山添村産の和紅茶 / 2階もさまざまに利用されている / 東吉野村の小学生が訪ねてきて、後日送ってくれたかわいい手紙

オフィスキャンプ東吉野
http://officecamp.jp/

取材・文:渡辺尚子
ライター、編集者。「手から生まれるもの」をテーマに、雑誌や単行本の執筆をおこなっている。著書に『ひかりのはこ スターネットの四季』(アノニマ・スタジオ)、『うれしい手縫い』(グラフィック社)他、共著に『糸と針BOOK』(文化出版局)、『創造の現場。』(CCCメディアハウス)など。「暮しの手帖」で「ひきだし」を連載中。たねや冊子「ラ・コリーナ」の取材もおこなっている。

写真:石川奈都子
写真家。建築、料理、プロダクト、人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品発表も精力的に行う。撮影を担当した書籍に『而今禾の本』(マーブルブックス)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)『脇阪克二のデザイン』(PIEBOOKS)『Farmer’s KEIKO 農家の台所』(主婦と生活社)『日々是掃除』(講談社)など多数。

編集:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。近刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。