5)まちの生態系
田んぼのリズムと社会のリズムは異なる。商売をしながら一人、あるいは夫婦で米の自給をするのはなかなか難しい。モーニングファーマーというチームを組んで、数人の仲間と作業をすることでようやく田んぼを始めることができた。まちに人が増えること、店ができること、そのことによって実現される物事の幅が広がる。
———映画が好きな人は、本も好きな場合が多い。ジグシアターができたことで、映画館に行ってから本屋に行くとか、遠方からの場合は「たみ」に前泊してからこのまちを楽しむとか、そういう動きが生まれたのを感じます。「あ、生態系ができてきたかも」って(笑)。そんなふうに、まちにちゃんと生態系ができていないと、自分の店とか、自分の仕事も成り立ちづらいですよね。だから自営業者としてまちで生きるってことは、移住者であっても「まちのこと=自分ごと」に感じる要素だなと思います。
汽水空港は2026年で11年目を迎える。ここ数年で、モリさんはようやくバイトをせずに本屋だけで食べていけるようになった。けれども、それは住民が客になったということではない。客のほとんどは湯梨浜町外からやってくる。
———約1万6000人の住民がいるんですけど、汽水空港を知っている町民は1割もいないぐらい。ごく一部の物好きな、数えられるぐらいの人しか来てもらえてないですね。なかなか、このまちの人たちには届いていないわけです。
汽水空港は閉じてるつもりは全然なくて、ずっとオープンなんだけど、やっぱり入りづらい、謎すぎて怖い(笑)、というのは拭いきれないわけですよ。汽水空港には今のところ、基本的には近距離遠距離含めて大体車で2時間圏内くらいに住む人たちがあちこちから訪れてくれています。一時期は通販をがんばっていた時期もあって、その時には全国各地の方々が支えてくれたわけですが、でも、やっぱりこのまち、この場所で店をやっている意味を広げていきたいとずっと思っています。
土に触れられるまちで、一緒に本を読んだりして、文化も一緒につくっていくための場所として汽水空港をやっているつもりだから、地元の人にも来てほしい。入りづらい謎の店という壁をどうすれば超えられるか、というのがずっとテーマとしてあります。もう一歩前進したい。触れやすい関わりしろをいかにつくっていけるか。
小さなまちでは、本屋は生活になくてはならない存在ではない。けれども、生活に直接役に立たないから、どうでもいいというわけではない。地域の文化的な厚みは、まわりまわって住民の暮らしやすさにもかかわってくる。汽水空港に来てもらうため、モリさんはさまざまなことを試してみた。
———イベントしたり、野菜の苗売ってみたり、焼き芋売ってみたり、色々やってきました。店に入るきっかけはなんでもいいんです。開業前も開業後も「本屋なんて需要ないよ」とか、「挫折するまでを追いかけさせてほしい」とカメラを片手にドキュメンタリー撮られそうになったり、「おにぎり屋だったらやってほしい」とか、色々ありました(笑)。僕は「本屋があることで生まれるかもしれない色々な出来事、可能性、それを現実に目の前に現すことができたら、きっと喜んでくれる日がくるはず」ってずっと思いながらやってます。もはや信仰みたいなものです(笑)。

パンなどの販売も行っている。妻のアキナさんが担当するカフェスペースもある
一方で、モリさんは「ふつうの生活者が政治に対してどのようなボールを投げることができるのか」についても考えていた。そのなかで思いついたのが、困りごとを持ち寄る「ホール・クライシス・カタログ(Whole Crisis Catalog)」と名づけた会。初めての集まりは2019年7月だった。
———集まった人たちと困りごとを共有して、そのなかで知識や技術とかネットワークをつなげていく会です。世代や趣味趣向、あらゆる属性の垣根を越えてさまざまな人が参加してくれることを願って、汽水空港の店内だけではなく、あちこちで開催し続けています。
垣根を越えて集まることで、例えば「どうにも解決しようがない」と思っている困りごとも、背景の異なる人が持つ視点や知識とつながれば、状況を変える風が吹く時があります。
生きていくために作物を育てたり、建築をしたりしていく中で得た直接的な「環境をつくる/変える」ことができるという実感は、その後、本屋という場の力とも結びつき、まちや社会に対しても開かれていった。


「ホール・クライシス・カタログ」と名づけたのは、1960年代に刊行された伝説の雑誌「ホール・アース・カタログ(WHOLE EARTH CATALOG)」から。活動の精神に賛同した人たちが全国各地でも開催するようになった。


