4)土と社会のバランス
オープンしてからも、モリさんは長らく建設現場にバイトに行っていた。農業と本屋でやっていこうと思っていたが、現実はそれ以前で、経済をまわすのに必死だった。
———仕入れにまず金かかるじゃないですか。汽水空港の家賃5,000円、家も家賃5,000円で出費はないから、(生活できなくて)辞める必要はないんだけど、金がないと本屋に動きを生むことができなくなるんです。
で、仕入れた本がすぐ売れるかといったら、全然売れないわけですよ(笑)。汽水空港が雛鳥みたいな感じで、自分はツバメの親で外から餌を運んでくる。だけどこの雛、一生育たない、みたいな(笑)。「こんな地獄あるの?」って。稼ぐ為の仕事をするのに一生懸命になると、土に触れる時間はなくなる。いつもこの経済の回転速度に引っ張られて、土から引き剥がされ、「社会」一辺倒になってしまう。
試行錯誤するなかで、著者を囲むイベントを催したりもするが、それも利益にはつながらない。汽水空港のキャパは満席になったとしても40人くらい。遠方から著者を呼ぶと、交通費と謝礼を払うだけでお金は飛んでいった。それでも、やる意味はあると手応えは感じていた。
———そういうことによって、空気が循環されるというか、文化はつくられていく。その文化がつくられていった先に、汽水空港が楽になる環境が、生態系がきっとつくられるに違いないと信じて、ひたすら親鳥をやっていたというか。
土と社会のバランスは、コロナの時期に大きく変わった。店を閉め、土が中心の生活を初めて送れるようになった。
———毎日ウキウキでした(笑)。朝起きたら畑に行って、昼になったら畑でお弁当食べて。汽水空港を休みにしたら出費がなくなるので経済的にも余裕が生まれるし、「生活する」ということを第一に考えれば、完全に理想的な時間でした。
同じように時間ができたまわりの人たちと始めたのが「汽水空港 ターミナル2」(以下、ターミナル2)と名づけた畑だった。コロナ禍の不安はあっても「種を蒔いておけば、食べ物はできる」。そののち、米の自給もしようと「モーニングファーマー」というゆるい農業団体を7、8人で結成した。メンバーには、次号で取り上げるミニシアター「jig theater(ジグシアター)」を始めた家族もいる。彼らとともに2反の田んぼも始めた。
きれいな、素晴らしい畑ができたが、コロナが明け、社会が通常に戻っていくとともに、畑に来られる人も少なくなる。
———今も田んぼはなんとかやってるんですけど、汽水空港もまた資本主義経済の渦に巻き込まれ、ターミナル2に手をつける時間がなくなって、また土から遠ざかっていくという。その渦と距離をとりながら、どう巻き込まれていくか。そのせめぎ合いが、汽水空港で「土と社会」をテーマにやっていくことにつきまとう課題です。

アキナさんと結婚し、汽水空港をふたりでまわすようになってからは少しずつ変わってきた。どちらかが店で、どちらかが田んぼや畑をやるなど、そういう余裕も出てきたという。田んぼは自然農法でやっている


