アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#155
2026.04

シネマと本とパンと まちの「あいだ」を潤す

1 本屋「汽水空港」 鳥取県東伯郡湯梨浜町
2)「農業と本屋」で生きていく

モリさんは、本屋だけをやっているわけではない。「農業と本屋」の両輪で生きようと思い立ち、湯梨浜に辿り着いた。その基には、12歳から過ごした千葉・幕張での生活がある。

埋め立て地を開発した、平らで人工的な都市は、モリさんにとって「プラスティック・シティ」だった。そこで若者がお金を得るには、求人情報誌をめくり、ファミレスなどでバイトするくらいしかなかった。

———そういう生き方しか選択の余地が残されてない感じがすごくあって。もちろん、その頃はそこまで考えていないけど、窮屈だなって。すごく人工的で、不快感はないんだけど「何か」が欠けている感じがものすごくありました。

違和感のある日常を送るなか、さまざまな本を読み、音楽を聴いたりするうちに、モリさんは気づく。「効率よくぐるぐる回す仕組みを、資本主義というんだ」と。稼いだバイト代は、家賃や食費で消える。ファミレスで稼いだお金を、スーパーに落としているだけなのだ、と。

———食べものにしても、「それ自分でつくれるじゃん、つくれたはずでしょ」みたいな気持ちがどんどん高まって。自分の暮らしを埋立地からじゃなくて、「原始時代からスタートしたい」みたいな感じでした。

とはいえ、音楽や本が好きなモリさんは、自然豊かな田舎の暮らしに憧れながら、本屋やレコード屋のない場所に住むことはできないと思っていた。幕張や東京には、圧倒的に土が足りない。けれど、メディアで目にする田舎には都市的な文化が足りていない。それがちょうどよく混ざり合っているような場所が、果たして日本にあるのだろうか。疑問を抱きつつ、どうすればよいか、モリさんは考えた。

———片足は土に、片足は文化・社会に、みたいなイメージができあがったんです。で、「土」は自分でつくることはできないから、自分が住むフィールドは、どこかの地方の田舎にしようと。自分がつくれるものは「文化」で、本屋ならつくれると思いました。食べ物をつくれば、本屋が儲からなくても飢え死にしないとか、家賃が安い家を借りられたら、本屋が儲からなくても辞めなくてすむだろう、みたいな経済的なことも考えて。

2000年代の終わり頃、まだ都市部から地域への移住も、若い世代が農業をすることも一般的ではなかった時期のこと。先駆者も見つかりにくく、若者の移住を支援する地域の体制も整っていない。その状況にあって、モリさんは本屋をやるために、本屋の勉強ではなく、「死なない知識と技術」を身につけようと、埼玉の有機農家に住み込むところから始めた。その後、栃木の農業学校でボランティアのスタッフをしているときに、東日本大震災が起こる。

関東を離れて京都に行ったが、思うような場所は見当たらず、数ヶ月後に鳥取に辿り着く。格安の家があると聞いて移り住んだのは、田んぼに囲まれた集落の一角。駅からも遠く、車がないと生活をすることも難しい場所だった。

車で移動できなければ、バイトを見つけることも難しい。友人や知人もなく、村人には「謎のロン毛の若者」としか見られない。その土地で「何かやろう/何かになる」という予感が持てなかったモリさんは、そう遠くないまちに「ゲストハウスをやろうとしてる、アート畑の人たちが移住してきた」と聞いて、湯梨浜町を訪ねた。