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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#149
2025.10

サステイナブル・ファッションの現在  イギリスから考える 

2 ファッション教育の現場を見る
2)ロンドン芸術大学の挑戦

■気候・人種・社会正義を組み込む
この事情は大学でも同様だ。イギリスの大学は5年間単位で戦略計画を立案するが、そこにSDGsや温暖化対策を入れることは今や必須要件となっている。外部評価にもかかわるので、大学は目標として掲げるだけでなく、それを具体的な行動に移そうとする。
イギリス・ファッション教育の中心地、ロンドン芸術大学を見てみよう。
ファッション分野での有力校ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(London College of Fashion、以下LCF)と、世界的なデザイナーを輩出してきた名門校セントラル・セント・マーティンズ美術大学(Central Saint Martins College of Art)は、現在ロンドン芸術大学(University of the Arts London)という大学連合に属している。ロンドン芸術大学は6つの芸術大学から構成されているが、2024年各大学に向けて「気候・人種・社会正義を教育に組み込むためのフレームワーク」というガイドラインを策定した。その内容はサステイナブル・ファッション・センターの活動・研究にもとづくものである。

ロンドン芸術大学は各構成大学の教育・研究・カリキュラムにこのフレームワークを「組み込む(embedding)」ように通達した。持続可能性を環境問題だけでなく、社会的不平等や差別、人権問題とも結びつけて考えることを提唱し、教員が検討するチェックポイントが具体的に提示されている。このガイドラインに従って、教員たちはコース設計をおこなうことが求められた。そこには「気候変動や環境破壊に関して、学生が批判的かつ創造的に学べる仕組みがあるか」「コース内容に『人種的公正』『社会的包摂』の視点をどう組み込むか」「学生が社会変革の担い手となるようなスキル(システム思考、協働、倫理的実践)を養えるか」などのポイントが含まれている。

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■目標(アジェンダ)から行動(アクション)へ
これを受けて、LCFのジュエリーコースでは各年次にサステイナビリティの授業を設定した。1年次では素材の再生、再生素材の扱い方、製品のアフターライフまで考えさせ、2年次では具体的なプロジェクトをおこない、3年次の自由制作(卒業制作)でも持続可能性を配慮させる。
セント・マーティンズ美術大学のテキスタイルコースでも、1年次は2週間の集中授業で用語を学び、2年次には「変革のための素材」というテーマで議論を深め、最終年には自由制作でも持続可能性を反映するよう求めるという。ほかにも、LCFに開設されたファッション・フューチャーズというサステイナブル・ファッションを学ぶ修士コースも、センターのフレームワークにもとづいて設計されている。
この動きはロンドンに限らない。たとえば、イングランド北部の中都市ニューカッスルにあるノーザンブリア大学にはサステイナビリティ担当マネージャーがいて、教員は大学の戦略目標に沿ってカリキュラムの中に持続可能性を落とし込むことが求められる。同大学のデザイン学部は、学部・大学院すべてのコースでカリキュラム改定を行い、この問題意識を必ず盛り込んだそうだ。また、イギリス南部のサウサンプトン大学ウィンチェスター芸術学校でも、大学のサステイナビリティ戦略に沿って、教員はコース・授業の設計を行う。ファッション・マーケティング&マネジメント学士コースでは、全授業の基礎知識に組み込み、すべての課題に視点を入れているという。
カリキュラムに持続可能性の組み込みを義務化し、教員と学生の意識を変えていく、そんな仕組みの作り方に彼らの「本気度」が感じられる。