アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#146
2025.07

「水」から考える 人と環境

2  繰り返されることの力 プロジェクトの枠を超えて 京都府京都市
5)繰り返される仕組みづくり

筆者自身、「Water Calling」に気づきを促されたようなところが多々ある。
たとえば、イザベルさんは過去にデザインした水を採取するためのデバイスで、水を採る「向き」に注目した。蛇口から下へと流れる水に私たちは慣れているため、上から水を採取する形のデバイスにすると、私たちはその水を「飲用可能」だと感じてしまうそうだ(それが「飲める水」ではなかったとしても)。
確かに今は蛇口をひねれば飲める水が出る、と考えてしまいがちだが、それはごく最近かつ、世界の限られた地域の話だ。ちなみに、イザベルさんは、過去に下から水を採るデバイスにしたという。
永井さんたちは水をめぐる現在の状況をどのように捉えているのだろうか。

「本の結末は、現代の都市では水の音が聞こえなくなっているということになりました。でも最初からこういった結末を目指してストーリーを書こうと思ったわけではないのです。京都の地理的な特徴や、昔の人々の営み、都市の現状をリサーチすればするほど、自然とこのような結末に行きついたのです。結局、人間の住む場所を増やすために水を埋めていくことで、人の生活から水が遠のいていったのが現状というか課題だと。
そういう意味では「Water Calling」は、「水が呼んでいるのがわかりますか?」という叫びでもあります」

無鄰菴の展示を鑑賞していると、ドローイングを観ながら、「これは井戸やな?」とつぶやく人がいた。
そんなふうに、本を見て、あるいはマップを広げながら、「実は京都水盆というらしい」「巨椋池のあたりは漁村だったらしい」など、「実はこれってこういう背景があるらしいよ」と言いたくなるプロジェクトなのではないだろうか。

そうですね。ひとりでに流れていったり、良いかたちで伝わっていく仕組みを目指したいと思います。
「Water Calling」の本を、水のことについて考えるためのひとつの視点として使ってくれてもいい。「思わず誰かに薦めたんです!」と言ってくださるのを聞くと嬉しいし、そういうことが自然と起こるようであれば、仕組みが機能していることだと思います。機能しているからこそ、ドローイングも本も、地図も生きる。繰り返し観られたり、繰り返し解釈されたりするものの強みは、そういうところにあるのかなと思います」

さまざまな表現を接点とし、それぞれの人に、水や自然への気づきを促す。見慣れた風景を立体的に見直すきっかけをつくる。気づいたことを、それぞれの人が日々のなかで語りなおし、暮らしに活かしていく。
感性や解釈から生まれる物語は、受け取った人の数だけあり、多様で、不定形だ。さまざまな受け取りや語り直しが繰り返されていくことで、プロジェクトも育っていく。神話や民話のような物語が、これまでそうやって育ってきたように。
このプロジェクトが目指す場所は、そこにあるのではないだろうか。

次回は「Water Calling」から発した視点をさらに広げ、人が暮らす風土について考えることや「文化的景観」という捉え方をテーマに、文化的景観の観点から京都の風景を研究する惠谷浩子さんのインタビューをお届けする。

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展覧会「Water Calling – 京都をめぐる水の地図」
会場:恵文社一乗寺店 アテリ
期間:2025年7月1日(火)− 7月15日(火)11:00〜19:00(※最終日は14:00まで)
https://note.com/keibunshabooks/n/nfec21a6b62e1
書籍:『Water Calling——京都の地下から聞こえる音』(書肆サイコロ、2023年)
展覧会:「Water Calling」
会場・共催:無鄰菴 https://murin-an.jp/
期間: 2025年1月18日(土)− 2月16日(日)
展覧会協賛:フジエテキスタイル
マップ:『Water Callingー京都をめぐる水の地図』(Matria Prima、2025年)
https://materiaprima.site/water-calling-2025
取材・文:櫻井拓(さくらい・ひろし)
1984年宮城県生まれ。編集者。アートに関わる本づくりを行なう。編集した書籍に、『FLUKES ARE NO MISTAKE——タラブックス、失敗と本づくりの未来』(ライブアートブックス、2023年)、せんだいメディアテーク編『つくる〈公共〉 50のコンセプト』(岩波書店、2023年)、瀬尾夏美『あわいゆくころ——陸前高田、震災後を生きる』(晶文社、2019年)など。
写真:衣笠名津美(きぬがさ・なつみ)
*イザベル・ダエロンさんのプロフィールカット以外全て
写真家。1989年生まれ。大阪市在住。写真館に勤務後、独立。ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。
企画・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。青幻舎のサイトにて「女性と工芸 1900−1945」連載中。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。https://note.com/seigensha/m/m03df2469f0f4