アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#140
2025.01

時を重ねた建物を、ひらきなおす 3つの洋館

3 人とものと、建物と 文化の厚みを失わせない 佐渡・旧若林邸
5)住民と地域主体で 受け継がれる「宮本常一イズム」

———すごく泥臭いことをやって、はじめて建物がしっかりするんです。ワークショップで床張りしました、壁塗りましたなんて、ちょろいもんですよ。

旧若林邸の保存修復活動の一筋縄ではいかなさは、古玉さんの言葉の端々からひしひしと伝わってくる。

リノベーションの現場などで、表層的であまり技術を要さない工事に建築の専門家ではない老若男女が参加するケースは近年増えており、それが「共同で場をつくること」の象徴的なシーンとしてメディアなどで取り上げられることもしばしばある。しかし旧若林邸における場の再生は、建物の根幹に関わる部分の工事がほとんどを占め、素人が関与できることは延々とつづく掃除や草むしりなどの技術の要らない肉体労働にほぼ限られる。

大きな工事は寄付金や行政や民間団体が公募する助成金を併用し、工事業者に依頼して進めている。もっとも対応できる建設会社を探すのは簡単ではない。古玉さんは話す。

———大工さんを見つけるのも至難の業。古くて大きな建物の修復は技術も必要なので、技術をお持ちではない方は気後れします。やりますと言ってくださる業者さんの見積がこちらの予算と合うわけではありません。なんとか条件に合う方を紹介してもらい、来ていただいています。

補助金や寄付金により毎年数百万の予算を獲得しているが、屋根や壁、構造体など傷み続けているところを根本から直す工事を進めると、あっという間に消えてしまう。

一方で清掃や庭の整備などの自分たちでできることは加藤さんや阿部さん、関さんら文化財サポーターたちと共に行っている。

———汚れた床を磨く際、文化財修理に詳しい先生方からは重曹や米ぬかを使うように言われたんですが、そのレベルでは落ちないんです。加藤さんが研磨スポンジとクレンザーで磨いてみたらと言ってくれて、そうしたらみるみるうちにきれいになってきました。手が足りないから来てほしいとお願いして集まってもらい、みんなで考えながら作業していく。その中で旧若林邸にまつわる新たなエピソードが判明したりして、自分たちが見捨てていた財産の価値に気付かされていくわけです。

古玉さんによる建物再生は、さまざまな有志の手を借り、知恵を出し合いながら進められる。その過程で人と人、人とものがつながり、文化財の価値が見出されていく。

———佐渡國民俗博物館で、「心を起こそうと思わばまず身を起せ」というニーチェの言葉を宮本常一が書いた色紙が額に入れられて飾ってあるのを見つけたんです。旧若林邸にまつわる活動も「本気でお手伝いしてほしい」といつも訴えているので、共通する意識を持っていたことに驚きました。

佐渡島を何度も訪ね、佐渡國民俗博物館の民具収集や鬼太鼓座の活動に助言を与え、鼓舞しつづけた宮本常一のイズムを受け継ぐかのように古玉さんは、旧若林邸の再生を通し、ものと人との関係をつないでいく。

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日本館裏手。屋根や壁の修復工事が実施されている。大工さんは佐渡出身で、旧若林邸の工事を担当し2年目になる。古い建物の工事は難しいが、やりがいがあるとのこと

登録有形文化財登録証。令和6年3月6日の日付がある

登録有形文化財登録証。令和6年3月6日の日付がある

これまで大正から昭和初期に建てられた洋館を共同で再生し、開こうとする3つの事例をみてきた。いずれも建物価値は十分だが立地や建物の置かれた状況に課題があり、修復や活用に困難を抱えていた。そこで大きな組織や行政が主体となるのでもなく、複数者が手を取り合い、保存活用の道を探ってきた。

3者とも、いくつかの共通点がある。1つは協力者を求めるために、SNSを活用していること。SNSに備わる地域や属性を超えたネットワーキングの力が、幅広い人々が協力し合いながら共同で場を再生することを可能たらしめた。2つ目は、その方法に地域性があらわれていること。「下鴨ロンド」は京都のアカデミックな風土。「垂水五色山西洋館」の場合は兵庫県に培われた洋館の保存活用の方法論。「旧若林邸」の場合は佐渡の民俗文化を地域主体で守る歴史である。建物を地域遺産として守り、活用するための手法は、地域にヒントが隠されている。

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旧若林邸日本館玄関の隅に置かれていた、洋風モチーフの瓦

旧若林邸
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取材・文:平塚桂(ひらつか・かつら)
ライター、編集者。ぽむ企画主宰。京都大学大学院地球環境学堂技術補佐員。雑誌やウェブメディアで建築やまちづくりに関する記事を企画・編集・執筆。京都・浄土寺でシェアスペースCoffice(コフィス)運営。編著作に『空き家の手帖』(学芸出版社)、『ほっとかない郊外』(大阪公立大学共同出版会)など。https://pomu.tv/
写真:衣笠名津美(きぬがさ・なつみ)
写真家。1989年生まれ。大阪市在住。 写真館に勤務後、独立。ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。
ディレクション:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。