6) I ターン者と地元をつなぐ役割を
島のお宿「なかむら」・居酒屋「紺屋」 中村徹也さん2
——— I ターンのひとたちが海士町に貢献してくれているのはとても感謝しているんです。でも、結局みな3年ぐらいで帰ってしまう。いくら酒を飲んで仲良くなっても、どうせ向こうに戻るんだろうっていう気持ちが、地元の人間にはどうしてもあるんです。だから、地元の人間と I ターン者の間には心情的な距離がある。
中村さんも、今は島で暮らす側の人間として、一時的にしか島にいない I ターンのひとに対してある種の距離感を抱いているようにも感じられた。ただそれは、島に来たひとたちに「もっといてほしい」という気持ちの裏返しであるようでもあった。中村さんは、まだ島に来たばかりの I ターンの若者ともすぐ距離を縮めて、彼らが居心地いいように気を遣っているようすが見られたし、彼の宿においては、バックパッカーの旅人を対象に、利益を度外視して格安で長く泊まれるプランを用意していたりもする。また、別のインタビューでは、島ではひととひとの距離が近すぎて想像以上にしんどくなるときがあるから、I ターンのひとは辛いときもあるんじゃないかと、外から来たひとの気持ちを思いやるようなことも語っていた。
———Uターンの立場としては、例えば I ターンのひとと仲良くしすぎると地元から距離を置かれたりと、その辺の距離感が難しい。ただ、両者のつなぎ役ができるのはUターン組だけだと思うんですよ。だから自分が I ターンのひとにうまく地元のひとを紹介して馴染みやすくするといったことをしなきゃいけない、とは思っています。
はっきりとは言わないものの、中村さんの言葉の随所に島への愛情が感じられ、島に来るひとへの温かな思いがにじみ出ていた。そんな中村さんはきっと、I ターンのひとにとっても大切な存在なのだろう。
中村さんと話しながら、I ターンのひとたちの思いと地元のひとの思いがさまざまに想像できた。両者の関係、そして島の現在。中村さんの言葉のなかにそのすべてが詰まっているように私は感じた。
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I ターン者の阿部さん、一次産業に従事する地元の向山さん、Uターン者である中村さん。立場が異なる3人から話を聞いた。
阿部さんは島と外をつなぐ存在として、向山さんは一次産業の当時者として、また中村さんは、島のなかの人々をつなぐ存在として、それぞれ自身の経験や立場を生かした取り組みを行っている。
海士町の変化は、島のひとだけでも、外から来たひとだけでも為しえなかったはずである。彼ら3人のように異なる立場のひとがそれぞれに役割を果たしてきたからこその変化であることが感じられた。
阿部さんは海士町の強さとして、「絶対にあきらめないでやり抜こうというひとが3人以上いること」と言った。この日、阿部さん、向山さん、中村さんの3人と話してみて、あらためてその言葉を思い出した。
次号では、島を支えるもうひとつの柱である教育を中心に話を聞いていく。
海士町
http://www.town.ama.shimane.jp/
農事組合法人サンライズうづか
http://sunriseutuka.sakura.ne.jp/2010/05/post-2.html
島のお宿 なかむら
http://www.nakamura-ryokan.com/
取材・文:近藤雄生
1976年東京生まれ。大学院修了後、2003年より世界各地で旅と定住を繰り返しながらライターとして活動。2008年に帰国し、以来京都在住。著書に 『遊牧夫婦』シリーズ(全3巻、ミシマ社)、『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)。『新潮45』にて「吃音と生きる」、『考える人』にて「ここがぼくらのホームタウン」など、連載中。京都造形芸術大学/大谷大学 非常勤講師。
写真:森川涼一
1982年生まれ。写真家。2009年よりフリーランスとして活動する。人物撮影を中心に、京都を拠点とし幅広い制作活動を行う。
編集:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。最新刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。