アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#131
2024.04

山と芸術 未来にわたす「ものがたり」

3 不定形で、伝えつづける 坂本大三郎の生きかた 山形県西川町
4)定形をとらず、さまざまな道筋をひらく

坂本さんという人は、つくづく、大真面目に生きている。自分の興味関心をひく物事に対する行動力はすばらしく、これ、と思ったらやってみる、作ってみる。要領とかコストパフォーマンスのような効率性とは対極にいて、アート作品の制作に没頭しつつ、「アートってお金にならない」などとぼやいたりもする。マイペースのようだが、妻も子もいて、ごく一般的に暮らしている。人間くさく、でも、どこかひょうひょうとして、かろやかなのだ。
自分のやっていることを、坂本さんはどう考えているのだろうか。

———何者かになろうとしたことがない。ただ自分の興味があることをやっている。自分が楽しいと思えることをやり続けるために必要なのは何なのか、って考えて。だから、別に作家になりたいわけでもないし、山伏になりたいわけでもないし、アーティストになりたいわけでもないです。

何をしていても、坂本さんのやることは山の文化、ひいては芸術の始原につながっていく。いかに体験し、識っていくか。それを、どう人に伝えるか。大切なのはそのことで、社会的にどう見られているかに関心はない。
もうひとつ、大切にしているのは自分の立ち位置だ。

———鬼ごっこをする時、小さい子だけ「おまめ」って言いませんか? 一緒に遊んでいるんだけど、厳密なルールはその子には課されないというか。それを千葉ではおまめといっていたんです。小さい子は何となく参加している感じがするから、楽しいんですけど。そういう、遊んでいるんだけど、そこだけちょっと例外状態。それが理想ですよね。その方が楽。

遊軍的な、自在な動き。その「楽さ」を保つには、こまやかな調整が必要でもある。つねに自分の立ち位置を確かめつつ、固着しそうになったらするりと抜ける。やりたいことを続けるには、おまめ的な生き方がよい場合もある。

———昔、矢沢永吉さんが30歳になった時に、20代で売れたことで30代のパスポートを自分はもらえた、っていうような言い方をしていたことがあって。本当にその通りだなって。
次の何年間かを生きるためのパスポートみたいなのがあって、自分がやりたいことを続けていくために、パスポートを更新する作業があるというか。その更新する作業も自分にとってはすごく楽しいことで、それによって、みんなは興味なくても、自分が興味あることを続けていけるっていう。自転車の両輪みたいな形で進めていっています。

坂本さんの「パスポート」は基本的に10年で更新され、更新作業そのものも意味を持つ。たとえば著書にしても、学術的な用語をかみくだき、わかりやすく平易な言葉で書いて、広く山伏の文化を発信する。それによって、新たな10年で坂本さんのやりたいことがやりやすくなっていく。そんなふうに

ただし、5年とか3年とかのスパンでも更新しないといけない、乗り越えないといけない壁もあると言う。年齢をはじめ、環境の変化などもあるから、その時々で状況は異なる。それらに対して、フレキシブルに対応するということだろうか。
そして、そのポジションはずっと変わらない。誰かと競うのではなく、そこから降りてしまうわけでもない。しかし、時おり顔はのぞかせる、という絶妙な場所に居つづける。

パスポートの更新には労力をかけ、楽でいるための努力は惜しまない。坂本さんにとって、働くことは創造的な「遊び」でもある。

***

ここ1、2年、坂本さんは神奈川でフリースクールを経営する知人とともに、月山のつたや旅館の近くで、子どものためのサマーキャンプを実施している。坂本さんが籠もる穴のすぐ隣で、あたりの落ち枝などを用いて簡易に組んだントの下で、みんなで煮炊きをし、眠る。山伏の修行の場と現代的なキャンプが並ぶというコントラストも面白いし、信頼関係のなかで山の文化を伝えるイベントを作っていくのも坂本さんらしい。

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これからも工夫しながらパスポートを更新していくのだろうが、坂本さんは老いることにも興味がある。「早死にはしたくない」と思ってマンガ家にはならなかった十代の頃から、その関心は続いている。

———老いって東洋的な価値のひとつだと思うんですけど。だから、できることなら老いっていうものを追求したい。歳をとって何もやることがなくなって焦って何かやらなきゃいけない、みたいにはなりたくないなと思っています。やることがあるならやればいいんですけど、無理はしたくない。むしろ何もやらないことをやる状態になりたいです。何もやらないでただボーっとすることが人生で最も好きなことなので、そこには自信があります。
昔、
本で読んだんですけど、アボリジニって自分がそろそろ歳をとって死にそうだなって感じると、丘の上に行って、ずっと空を見ているらしいんですよ。そうすると視覚が変化して、ちょっとトリップするみたいな、そういう状況になるらしい。そういう年寄りになりたいですね。あの人ずっと座っているけど、どうしたんだろう、みたいな。でも本人の中ではものすごいことが起きている。うちのおじいちゃん縁側に座って、ずっと空みてるなあっていう。それを目指そうと。

老いの先にある死。それをどう迎えるかは、何でもやってみる、体験してみる坂本さんの究極の実験かもしれない。
そのときまで、坂本さんは身をもって知ることを徹底していくのだろう。そして、山に残る貴重な技術や文化を次代につなぐための努力と工夫を、この先も懸命に続けていくのだろう。ただし、大いに楽しみながら。
その過程で、ひとりでも多くの人が坂本さんの言動に共感し、山にかかわっていくならば、山の文化の危機的状況も変わりうる。その希望を持ちつづけたい。

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文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。
取材・文:池尾優(いけお・ゆう)
編集者、ライター。okuyuki LLC代表。1984年東京生まれ。2006〜2009年までバンコクにて出版社勤務の後、2010年よりトラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部(Euphoria Factory)に在籍。同誌副編集長を経て2018年に独立。2018年より京都在住。https://www.oku-yuki.com/
写真:志鎌康平(しかま・こうへい)
1982年山形県生まれ。写真家。小林紀晴氏のアシスタントを経て、山形へ。「山形ビエンナーレ」や沖縄でのプロジェクト「地域芸能と歩む」のフォトグラファーなどを務める。現在、中国、タイ、ラオスでの少数民族の文化や日本国内の人・食・土地の撮影を行っている。展示に「土地のまなざし」(山形 KUGURU 2016年)「もうひとつの時間」(沖縄 rat&sheep 2022年)がある。荒井良二さんに描いていただいた絵本を元にアトリエ「月日坊」を2023年開設。第22回ひとつぼ展入選。東北芸術工科大学映像学科非常勤講師。https://www.shikamakohei.com